第8話「火中の栗を拾いに」

 中央即応連隊の隊員を載せた小ぶりなインドネシア国軍の輸送機が離陸していく様子を、剣崎は黙って見ているつもりはなかった。大使館職員が駆け込んできてからすぐに剣崎は、現地情報隊の桂城二尉を呼びつけてバンドンへ向かうための経路を確認し、地図と車輛を準備させていた。

 タフなSUV車を揃えてもらったが、ランドクルーザー、ランドクルーザープラド、ピックアップトラックのハイラックス、マツダBT-50Proなど日本車ばかりだ。東南アジアでは下手したら日本よりも日本車が走っている。

 狙って日本車を選んだわけではなく、手に入る信頼性の高い車がたまたまこのラインナップだったという話で、どれもタフでオフロードでも難なく走行可能で、官民問わず人気の車種だった。民間仕様だが、すでに突貫工事でAM無線機がランドクルーザーには取り付けられていた。その他、ハイエースやマイクロバスのレンタカーもあったが、とにかくSUV車を選んだ。

 野中や的井、久野ら通信担当の陸曹達が現地の地図やパンフレットを集めたり、パソコンで地図や航空写真をプリントアウトして配っていた。部隊を先導する役の坂田や那智らはそれをすでに腕のアームバンドタイプのマップホルダーに詰めていて、全員が出動するつもりのようだった。


「バンドン市内の情報収集を行う。危険な任務だ。志願する者は?」


 剣崎の問いに分遣隊員全員がためらいもなく挙手する。


「よし。各班長は三名ずつ選抜しろ。向かうのは自分以下、十四名だ。ドライバーとガナーは別に示す」


 そう宣言した剣崎の横に有無をいわさずマンパック型の無線機が収まったバックパックを背負い、HK416カービンライフルを持った野中二曹が立った。その眼を見て、これはテコでも他の者に譲るつもりはないな、と剣崎は半ば呆れ、頷いた。

 十四名の編成は、米陸軍特殊作戦コマンドのアルファ作戦分遣隊ODAを参考にしていて、それは特殊部隊の基本単位と言っていい。ODAはたとえ二手に分かれても、それぞれが同等の能力を発揮できる。その能力はひとえに戦闘技術に留まらず、情報、武器、通信、衛生、施設(工兵)等、多岐に渡る。

 1班からは指揮官補佐として班長の山城一曹の他に情報陸曹の坂田三曹、那智二曹、武器陸曹の司馬三曹の四名、2班からは武器陸曹の古瀬一曹、施設陸曹の大城三曹、衛生担当の板垣三等空曹の三名、3班からは施設陸曹の宮澤一曹、通信陸曹の的井二曹、衛生担当の海保三曹の三名。本部班からは西谷三尉と通信陸曹の久野三曹が選ばれた。


「迎えも支援も今のところない。孤立無援に陥る可能性がある。弾薬はありったけ持て」


「暗視ゴーグルと水もな」


「背中のプレートを抜くなよ」


 隊員達は某映画のネタで軽口を叩きながら速やかに準備を整えた。実戦は初となる司馬は険しい目つきで武器を点検していた。剣崎は声をかける。


「緊張しているのか」


「はい、チームの足を引っ張るんじゃないかと」


 剣崎の問いに司馬は正直に吐露した。剣崎は頷く。


「切り替えろ」


「簡単じゃないですね」


「難しくもない。出来ないなら置いていく」


「了解……」


 肩を叩いて励ますと剣崎は準備状況の確認に向かった。スカルノ・ハッタ空港に残る隊員達も出発する隊員達のために準備のために駆けまわっていた。


「桂城二尉。米海兵隊に協力を打診してほしい」


「分かった。だが、さっきスラバヤの担当官から入った情報ではスラバヤで暴動と武装蜂起が起きたらしい。BBCの取材スタッフ達がライブ中継中に捕まった。米軍の即応部隊はそっちに回るだろう」


「スラバヤか……インドネシア第二の都市で。日本人は?」


「四日も前から国外退去勧告だ。残ってるのはうちの人間くらいだろう」


「そうか」


「バンドンは厳しい状況だろう。幸運を」


「そっちもな」


 用意された車の準備も整い、ピックアップトラックのハイラックの荷台には大量の荷物が積まれた。


「AT-4も全部持っていって下さい」


 近藤が積み込んだ装備品のリストを剣崎に渡す。AT-4 CS携行対戦車弾のケースがハイラックスの屋根に積まれている。


巡察車輛PVと可能ならヘリを確保してQRFを編成します。ご武運を」


「使う場面がないと良いが。留守は任せた」


 近藤は神妙な顔で頷いた。そこへ西谷三尉が前進準備完了を報告してきた。


「前進する。前へ」


 五台のRV車の車列はスカルノ・ハッタ空港を出発。百五十キロ離れたバンドンへと向かった。

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