第6話「輸送任務」

 インドネシア ジャカルタ スカルノ・ハッタ空港



 日の登る前からスカルノ・ハッタ国際空港では軍用機の離発着が行われ、喧騒の中にあった。日米だけでなく、オーストラリアや英国のチャーター機も到着し、国民の避難を急いでいる。

 日本も自力で空港に到着した邦人をシンガポール空港へ輸送するために一機のC-2輸送機が離陸していった。

 そんな中、本日の明朝より到着した目的地派遣群の第一派である中央即応連隊第1中隊は輸送防護車四輛及び軽装甲機動車十輛、高機動車十一輛と共に空港の格納庫脇の広場に並び、出発前の最後の点検を受けていた。

 第1中隊から編成された邦人護送部隊である誘導輸送隊の編制は先行偵察班の軽装甲機動車二輛、警護班の軽装甲機動車二輛、高機動車一輛、輸送班の輸送防護車二輛または三輛、高機動車二輛、本部班の軽装甲機動車一輛だ。

 誘導輸送隊は一度に三十六名から四十六名の邦人を輸送する。誘導輸送隊は午前十時、スカルノ・ハッタ国際空港を出発。三十キロ弱離れたジャカルタ市内の日本国大使館と日本人学校、JICA事務所等を往復して二百名を超える邦人を保護輸送する。

 全ての車輛は国際活動仕様でワイヤーカッター等を装備し、軽装甲機動車はガナーハッチの防盾を全面にする追加防弾板を積んで予備タイヤも装備し、高機動車は防弾型だった。

 先行偵察班と警護班の車輛には暴徒対処などのために指向性音響発生装置LRADも装備され、その他、不測事態対処のための緊急即応部隊QRFとして軽装甲機動車二輛と高機動車二輛の二十名の隊員が待機している。

 各車の車輛と通信の点検、命令下達と戦闘指導が終わり、整列した隊員達の前に中央即応連隊長にして目的地派遣群指揮官である山崎一佐は立った。


「現在のジャカルタ市内の情勢は悪化し、各AAに避難した邦人へ迫る脅威は高まっている。一刻も早く助け出さなくてはならない。しかしこの任務遂行には危険を伴い、戦闘が生起することも予期され、諸官らの中にも命を落とす者が出るかもしれない」


 山崎の言葉を並んだ目的地派遣群の隊員達は食い入るように聞いていた。


「だが、お前たちの助けを不安に怯えながら待つ国民がいるのだ。我々の存在する意味は国民を守ることにある。自衛官としての使命を全うし、為すべきを為し、国民を無事に帰国させろ。これは命令だ」


 自衛隊における命令は絶対だった。それを遂行するためには入隊時に宣誓した通り、危険を顧みずに時には身を呈さなくてはならない。山崎は自分が鍛えてきた部下たちの顔を見渡した。

 幹部自衛官は三年程度で転属し、部隊を離れてしまう。連隊規模の部隊で連隊長が一隊員の身上まで覚えるのは難しいことだ。しかし山崎には中央即応連隊の連隊長職はただの通過点ではなかった。部隊を精強にするために様々な試行錯誤や開拓を行ってきたつもりだ。その成果を活かすときが来た。


「諸君の武運を祈る。以上だ、かかれ」


「群長に敬礼!」


 誘導輸送隊の隊員達が動き出した。整列していた隊員達は車輛に乗り込んでいく。防弾チョッキ3型は偵察分遣隊が使用する防弾衣プレートキャリアよりも防護面積は広いがその分、動きを阻害し、通気性は悪く、身体への負担は大きい。その防弾チョッキを着込んだ上でも中央即応連隊の隊員達は機敏に動き回っていた。


「誘導輸送隊、行動開始。前進予定時刻N/Cエヌシー変化なしノーチェンジ)」


 目的地派遣群の様子を離れた位置でHK416を持って警戒しながら見ていた那智二曹は左脇の携帯無線機から伸びたPTTスイッチを押し、ヘッドセットのマイクに吹き込んだ。

 偵察分遣隊はすでに遊撃車として確保したランドクルーザーSUVやハイラックスピックアップトラック等に乗った偵察班を前進させ、ジャカルタ市内の輸送経路沿いや予備経路を偵察させていた。

 タフなSUV車を揃えてもらったが、ランドクルーザー、ランドクルーザープラド、ピックアップトラックのハイラックス、マツダBT-50Proなど日本車ばかりだ。東南アジアでは下手したら日本よりも日本車が走っている。

 狙って日本車を選んだわけではなく、手に入る信頼性の高い車がたまたまこのラインナップだったという話で、どれもタフでオフロードでも難なく走行可能で、官民問わず人気の車種だった。民間仕様だが、すでに突貫工事で無線機がランドクルーザーには取り付けられていた。その他、ハイエースやマイクロバスのレンタカーもあったが、それはひとまず確保された状態で残置されている。

 残りの隊員達は空港の警戒と不測事態対処のために待機していた。


「狙撃手が足りないのでスカウトスナイパーの教育を受けたことのある坂田と久野も加えました」


 近藤が剣崎に報告している中、格納庫内では偵察分遣隊の隊員らが改めて装備を準備していた。ちょうど坂田はSR-25狙撃銃を持ち、偵察から戻ったハイラックスを待っていた。

 交代のために帰って来たハイラックスが格納庫前で止まり、荷台から私服の上からシンプルな〈Crye〉LV-MBAVプレートキャリアを着てPKP汎用機関銃を持った大城が降りて来た。

 荷台を飛び降りた大城は無線機を机の上に無造作に放って、PKP機関銃の遊底覆いを開いて弾を取り外して安全化し、二脚を立てて床に置くと、開封されていなかったミネラルウォーターの段ボールを無造作に破ってペットボトルの水を一気に煽った。


「死ぬほど蒸し暑い。水を持っていった方が良いぞ」


「これ以上持てって?」


 坂田はバックパックにハイドレーションを突っ込み、一リットルのナルゲンボトルまで携行していたが、素直に戻ってきたベルトキットのダンプポーチに詰められるだけペットボトルを持ち、ピックアップトラックへ乗り込む。

 気温は三四度以上になることは滅多にないインドネシアだが、亜熱帯特有の湿度の高い気候で隊員達は汗を流し続けていた。

 偵察分遣隊の指揮所代わりになっている格納庫内も次第に気温が上がっていて、扇風機が全力で回転していた。

 格納庫の一角に通信陸曹らが設置した、通信センターという名の長机を四個並べただけの通信拠点には、SATCOM衛星通信、HF帯無線システム、VHF帯ネットワーク無線システム等の三つの通信システムが設置され、バックアップのBGAN衛星電話等も並んでいた。

 それらの無線システムのネットワーク通信を介して共有される情報を時系列順に共有するクロノロジーを表示するラップトップの前に座った通信担当の野中の背後に神村一佐が立つ。


「変化はないか」


「誘導隊の前進経路は異状なし。ウォーターパーク付近の渋滞もインドネシア軍が解消。哨戒組も敵性勢力の現出は今のところ確認していませんが、武器の輸送などを03マルサンが確認しています」


 中央即応連隊が格納庫に設置した退避統制センターECCの前には一見旅客機にも見えるホワイトグレーのKC-767空中給油・輸送機が待機していて、青磁色を基調としたデジタル迷彩の戦闘服や防弾チョッキに身を包み、64式小銃を携行した空自の隊員達が機体を囲んでいて、その外側に中央即応連隊の隊員達が盾等も携行して警戒していた。

 誘導輸送隊の車列が空港を出ていく。車体の側面に日の丸を張り付け、各車に大字の数字が書かれた軽装甲機動車二輛が先行して出発すると五分遅れで九輛の輸送隊主力が砂塵を巻き上げながら出発した。

 戻ってきていた偵察分遣隊のハイラックスも交代の人員が乗り込んで遅れて出発していった。



 偵察分遣隊が遊撃車として確保したトヨタ・ハイラックスピックアップトラックは、高い信頼性と耐久力を誇るワールドカーであり、トヨタ・ランドクルーザーと共に、国際連合機関やNGOが過酷な環境下での支援活動に使用している。

 US特殊作戦軍SOCOMでも特殊作戦用戦術車両SOTVとして採用されている。また軍用車並みの耐久力を持って民生品として流通しているため、軍・警察、武装勢力等で利用され、チャド紛争ではトヨタのロゴを背負ったハイラックスが対戦車ミサイルを搭載し、反政府軍を支援していたリビア軍の戦車部隊を迎え撃つことに成功する等、活躍したためトヨタ戦争との別名があるほどだ。

 市街地でも比較的目立ちにくい民生品の車輛であるため、目立ちたくない作戦ロープロファイル・ミッションに向いている。

 SR-25ライフルを荷台に積み、SR16E3カービンを運転席のドアと座席の間に挟んだ坂田が運転し、助手席にはM4を膝の間に挟んで携行する西谷三尉が乗り込んでいた。

 後席には宮澤一曹が乗り、荷台にはMk46軽機関銃を抱えた八木原三曹と的井二曹が乗り込んでいる。


「こちらデルタ。南タンゲラン地区進入。現在誘導輸送隊の経路周辺でデモあり」


 西谷が搭載した車載無線機の送話器に吹き込む。目の前では警官隊とデモ隊が衝突していた。

 外国人排斥と現政権の退陣を訴えるデモだったが、警官隊と対峙する者たちは角材や鉄パイプ等武器になり得る物を所持していて解散を呼びかける警官隊に石を投げている。

 警官隊が催涙弾を射撃し、放水銃で大通りに広がっていた群衆を蹴散らそうとしているが、焼け石に水の様子だった。多数の投石を警官隊が盾を掲げて凌ぎながら装甲車の突入と共に群衆を蹴散らすために雪崩れ込む。

 荷台の八木原が映像伝送装置を取り付けたハンディカムでその様子を指揮所に送っていた。


「輸送は始まったばかりだぞ……」


 宮澤がその光景を見て呟く。退避統制センターECCの指揮所はすでに偵察分遣隊からの情報を得て、誘導輸送隊の偵察班を予備経路に向かわせていた。


『デルタ、こちらフラッグ。デルタは日本人学校へ前進。帰路の予備経路を偵察せよ。送れ』


「デルタ、了解」


 送話器をダッシュボードに置いて西谷は溜息を吐く。


「この先を左折しよう」


「りょーかい」


 坂田は安全運転な安定した操縦で遊撃車を駆り、暴動を回避して日本人学校へ向かう。大通りを使用せず、近道で日本人学校へ向かう。デモ隊はもはや暴徒に変わりつつあり、略奪が起きつつある。

 誘導輸送隊の偵察班よりも先んじて日本人学校に到着すると西谷と宮澤、的井は車を降りてゲートに向かった。

 ゲートは固く閉ざされていて、国旗はすべて撤収されている。門の向こう側にインドネシア警察の制服警官が三人だけいてうち一人は小銃を携行している。


「スラマッパギ(こんにちは)」


 警戒する警察官に西谷が安心させるよう微笑んで声をかけた。武装や緊張する情勢とは場違いな挨拶にインドネシア人警官は困惑した様子を見せながら挨拶を返した。


「我々は日本陸軍です。これより邦人輸送部隊が到着します」


 インドネシア語で的井が警察官に声をかけた。その間他の二人は路肩に不審者や不審物が無いか素早く視察して警戒している。


「我々はもう帰っても良いんですか?」


 警察官の一人がすかさず尋ねて来た。警察官達の表情には不安の色が滲んでいた。


「連絡が行っている筈だが、輸送は三度に分けて行われます。全員が退避を完了するまで警護してもらう予定の筈ですが」


「私がこの警備責任者です」


 ライフルを持った警察官が名乗った。「ここの方々の避難が完了するまで我々も離れません」


 インドネシア警察の若い幹部らしい警察官に的井は力強く頷いた。


「感謝します。我々も支援します」


 的井はハイラックスに戻る。軽機関銃を見えないように置いて荷台に立った八木原が的井の手を掴んで荷台に引っ張り上げる。


「日和そうな顔してますが、大丈夫そうですか?」


 幹部である西谷だが、分遣隊では若手だ。勤務年数が上の隊員には敬語で話していた。


「そう願いたい」


 的井も確信は無かったが、彼らを信用するしかなかった。


『デルタ、こちらフラッグ。間もなく誘導輸送隊の偵察班が到着する』


 無線から野中の声が流れる。


「了解。離隔し、安全を確保する」


 的井が無線に吹き込み、坂田に前進を命じた直後、二輛の軽装甲機動車が日本人学校の面する通りに現れた。

 軽装甲機動車は日本人学校の門の近くにハの字を作る様に停車する。


『こちらは陸上自衛隊です。日本人の皆さん、助けに来ました。我々の指示に従い、落ち着いて行動してください』


 ボンネットに取り付けたスピーカーから日本語で自衛隊員が呼びかける。


『これより周辺の安全を確認します。もうしばらくお待ちください。その間、建物の外に出ず、お手荷物を確認し、必要であればお手洗い等を済まして待機をお願いします』


 呼びかけが続く中、軽装甲機動車からは拳銃のみを携行した幹部自衛官とその付き添いの89式小銃を携行した隊員が降りてくる。幹部自衛官は警察官達とコンタクトを取ると再び軽装甲機動車に戻り、二輛の軽装甲機動車は再び走り出した。軽装甲機動車は日本人学校周辺を一周し、偵察を終えると日本人学校が面する通りに他の車輛が入って来れないよう車体を使ってロードブロックし、屋根に備わるガナーハッチから顔を出した隊員が7.62mm機関銃M240を握って周囲を警戒する。

 その様子を的井達は遠くから見守っていた。やがて輸送班と警護班等の誘導輸送隊主力が到着する。


『オープンザゲート、プリーズ』


 ロードブロックしていた軽装甲機動車が道を開け、ゲートを守る警察官に呼びかけ、通り過ぎる。ブッシュマスター輸送防護車や高機動車が日本人学校の敷地内に無事入ったことを確認すると的井達は遊撃車を発進させ、周辺偵察に向かった。

 的井達は遊撃車を駆り、誘導輸送隊の偵察班よりもさらに広域に渡って偵察を行う。時には車を降り、雑踏に紛れて情報を収集した。

 インドネシア語をはっきりと理解できるのは的井だけだった。第一空挺団の偵察小隊に所属していた的井は京大卒で陸士入隊した男で、大学で英語とインドネシア語やタイ語等の東南アジア系言語や語学を学んでおり、マルチリンガルという特技を持つ。


「デモの動きはタンゲランに広がっているようだ。富裕層の住宅街や金融街でデモを行うという噂が広まっている」


「噂でしょう?不正確な情報を報告するんですか?」


 八木原が的井の言葉に異を唱えた。


「報告するわけじゃない。実際に足で稼ぐぞ」


 的井はそういうとタンゲランの金融街へ向かうよう坂田へ指示した。

 機甲科偵察隊出身の坂田は車輛部隊の隊員らしく軽装甲機動車よりも大きいハイラックスを物が散乱するジャカルタ市内で巧みに操っていた。



 誘導輸送隊の露払いとして先頭を走る三輛の軽装甲機動車に乗り込んだ中央即応連隊第一中隊の岸野三尉は緊張を飲み込もうと深呼吸していた。市内の治安は急速に悪化している。

 邦人の一次集合点であるJICA事務所までの経路はすでに昨日往復して偵察し、安全であることを確認済みだったが、暴動の動きは予想もつかず、巻き込まれる可能性があった。

 軽装甲機動車には7.62mm機関銃M240と、LRADエルラドと呼ばれる非殺傷音響装置が装備され、群集が行く手を阻めばLRADを用いて排除することになっている。

 道のあちこちにゴミが散乱し、警察車両が火をつけられて炎上し、道路状況は昨日よりも悪化している。

 懸念されるのは暴徒に取り囲まれることの他、経路上にバリケードを詰まれて迂回を余儀なくされることだ。その場合は予備経路を使用しなくてはならず、作戦はより複雑になる。


「前方より車輛!」


 銃手が叫び、岸野はドア側に立てて置いた89式小銃の披筒部を握っていつでも掴み上げられるようにした。やがて前から白いピックアップトラックが姿を現した。荷台に乗った男がオレンジ色の布を広げてこちらに掲げた。


友軍フレンドリー、フレンドリーだ」


 ピックアップトラックが勢いよくすれ違う。荷台に乗った男はこちらにオレンジ色のVS-17識別用布板マーカーパネルを掲げていた。〈Crye〉のAIRFRAMEヘルメットにプレートキャリア、手に持つ銃はM4系列のものだ。迷彩服しか自衛隊の要素がない彼らは行く先々でうろちょろしていて事情を知らない隊員達は不審に思っている。


特殊作戦群S?」


 ドライバーがその姿を見て呟く。


「違う。水陸機動団の偵察分遣隊レコンズだ」


 先んじてインドネシア入りした彼らは同じ自衛隊とは思えないほど自由に仕事をしている。しかし彼らもまた自分達の任務を支援しているのだ。


「自分の仕事に集中しろ」


 岸野は乗員たちに声をかけた。まだまだ気が抜けそうに無かった。




 昼前に誘導輸送隊の第一便は集合点となっているJICA事務所と日本人学校の邦人を保護し、ECCへと折り返していた。復路でも妨害などはなく、順調にスカルノ・ハッタ国際空港のVIPゲート前に到着し、そのままエプロン地区に設置された退避統制センターECCへ向かった。

 救出され、ここまで護送された日本人達は自衛隊と外務省によって設置された退避統制センターECCの手続きを経てインドネシアを出国することになる。

 大使館の邦人輸送任務は、懸念されたような自爆攻撃等の妨害もなく、平穏無事に終了した。スカルノ・ハッタ国際空港内には日本人を含む外国人が溢れ返った。

 日本人達は皆、疲れ切った表情を浮かべていて、まだ助かったことに対する喜びを表すことは出来ないようだった。警戒に当たる自衛官達の物々しい雰囲気にまだここが安全ではないことを思い知らされている。

 ECCで警備をしながら剣崎は野中に日本人達から話を聞くよう指示した。威圧感の少ない装備に変えて野中は手すきだった久野を連れてECCに向かった。


「私たちはジョグジャカルタにいました。警官隊が暴徒の鎮圧を行っていたその日のうちに事態が急変して。滞在していたホテルに避難しましたが、暴徒に囲まれ、あの時は死を覚悟しましたよ……」


 そう語った初老の男は仕事でインドネシアに訪れていたのだという。憔悴していて、顔には疲労の色が浮かんでいる。


「ホテルのボーイに聞いたら、外国人は皆殺しだと叫んでいると聞きました。アジア系なら大丈夫なのではないかと思ったんですが、中国のグループが脱出を試みて全員捕まって路上で処刑されました。インドネシア軍が自分達のホテルには何とか間に合ったんです。ですが、他の外国人向けホテルは襲撃されて多くの人が犠牲になったようです」


 民間人から話を聞いている野中達自衛官を見て他の日本人達も集まって来て口々に証言した。


「命からがらでした。高速道路が渋滞になって避難のバスが動けなくなって。現地の人たちが逃げろ、逃げろって呼びかけて荷物も持たずにバスを降りてそのままジャカルタまで歩いてきました。翌日のCNNでその高速道路でジャマ・イスラミアと政府軍が戦闘をしていたのを知って驚きましたよ」


「目の前で現地の人たちも殺されていました。外資系の店や観光客向けの店は標的になっているみたいです」


 それらの話に野中は真剣に耳を傾け、メモを取る。


「現地に残っている日本人はいますか?」


「ジョグジャカルタにはいない筈です。日本人は暴動が起きる前から大使館の人たちに集められて避難する際は外務省の職員がグループごとに同行していました」


 剣崎は桂城の話を思い出した。現地情報隊は自衛隊に派遣命令がかかる前から現地で情報収集を行い、インドネシアに在留する邦人を密かに警護していた。すべての日本人グループに同行するほど外務省の現地職員はいない筈だ。


「助けに来てくれてありがとうございます」


 多くの日本人から断片的な話を聞いたが、この在外邦人等保護措置派遣で日本は出遅れていると野中は感じた。米海兵隊等が早期に投入されなければ多くの邦人が犠牲になっていた可能性もあった。


 民間人はECCを出ると待ち構えていたマスコミの好奇に晒された。中央即応連隊の隊員達が防護用の盾を掲げてマスコミをシャットアウトし、逐次KC-767空中給油・輸送機に乗り込んでいく。

 KC-767は空中給油機能以外にも窓こそないが、二百名程度の人員を輸送可能で、スカルノ・ハッタ国際空港とシンガポール空港をピストン輸送した。シンガポール空港からは民間チャーター便または政府専用機によって日本に帰国することになる。

 中央即応連隊は空港で待機。剣崎達偵察分遣隊は現地情報隊の用意した民間車で空港周辺を巡察して情報収集と警戒を続けていた。

 明日の早朝には、中央即応集団の後続の二個中隊が到着することになっていた。彼らは空自のC-2に乗って、物資とともにあちこちを経由しながら来る。それまで先遣隊は空港に留まり、後発部隊と合流する計画であった。

 邦人輸送こそ今のところ一応は順調に進められているが、野中には漠然とこれで終わりでは無い予感がしていた。

 太陽が西に傾き、南国特有の空一面が茜色に輝く夕景を眺めながら野中は胸中の不安が現実にならないよう、思ったことを口に出すことを憚りつつ、無事な任務の完遂を願った。

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