第4話「インドネシアへ」
インドネシア バンテン州タンゲラン スカルノ・ハッタ空港
翌日の〇七〇〇時、水陸機動団偵察分遣隊を乗せた外務省がチャーターしたガルフストリームG550は無事にインドネシアの首都ジャカルタ郊外に位置するスカルノ・ハッタ国際空港に到着した。ガルフストリームでの空の旅は快適そのものだったが、隊員達は機内でも任務に向けた準備を進めていた。
スカルノ・ハッタ空港のエプロンは、むっとする熱気に包まれていた。剣崎は機から降りると、そのまま空港の格納庫の一つへと二列縦隊で十八名の隊員達を進ませた。
迷彩2型の防暑戦闘服を身に付けていたが、あっという間に汗が噴き出してくる。独特な二つのシェルで構成された米国〈Crye〉社製のAIRFRAME戦闘用ヘルメットに、同じく〈Crye〉社製のマルチカム迷彩のAVSプレートキャリアやJPC2.0プレートキャリアを着用し、バックパックを背負った隊員達だったが、装具のマガジンポーチは空で、武器も持たず、個人携行火器や弾薬は無かった。
「DEVGRUなら一声で武器も車輛も満載したC-17なのにな」
ごろごろと音を鳴らしながら〈ペリカン〉のキャリーケースを引き摺る八木原三曹が不満そうな声を漏らした。
「ドラマの観すぎだ。これだけいい
マルチカムのキャップに〈ゲイターズ〉のサングラスをかけてヘルメットを引っ提げた坂田が応じる。手荷物だけしかガルフストリームには持ち込めず、無線機や各種電池類を手荷物扱いにしてギリギリ運んでいた。
飛行場の外では散発的に破裂音や爆発音が聞こえていて、それが常態化しており、まるで自衛隊の演習場だった。時折風向きによっては悲鳴やクラクションも聞こえてくる。隊員達はいちいちそれに反応する事はしなかったが、周囲に目配せをしていた。
隊員達が格納庫に入るとそこには私服や背広の日本人が五人待っていた。五人ともよく日に焼けている。彼らは自然体だったが、剣崎の目には民間人には見えなかった。
「分遣隊の剣崎一尉か?」
私服姿の均整の整った体格の男が聞いた。ビジネスマンのような泰然とした涼しげな様子だが、ワイシャツの下は肩幅が広く胸板も厚いことが分かる。剣崎はその男の腰付近の膨らみから拳銃を所持していることを見抜いた。
「そうだ」
「情報隊の桂城二尉だ。入国手続きはこちらで済ませよう。早速だが、この空港の警備に関する現地偵察を行いたい。ついてきてくれ」
休む間も与える気はない様だ。情報隊こと、現地情報隊とは陸自中央情報隊隷下のヒューミント部隊で、自衛隊の海外派遣において先遣隊として現地での情報収集を任務としている諜報部隊だった。しかしながら彼らは戦闘に特化した組織ではなく自衛能力は限定的で、陸上自衛隊唯一の特殊部隊である特殊作戦群の隊員も加わって任務を行っていると思われた。
「見ての通り手ぶらだ。武器は?」
「米軍や現地で調達した。出来る限りそちらの要望に応えた。返品は出来ないのでそっちで処分を頼む」
隊員達は格納庫に積まれていた防水ケースを開封し、中から武器や弾薬を取り出して並べていく。
米国〈コルト〉社製M4カービン銃が十挺、そのM4カービンの改良型であるドイツ〈H&K〉社製のHK416カービン銃が十挺あり、その他少ないが米国〈KAC《ナイツアーマメント》〉社製のSR16カービン銃とベルギー〈FN〉社製のSCAR-H小銃等が並べられていてそれを見た坂田が感嘆の声を上げた。
「要求通りHK416で揃えたかったんだが、足りない分はM4で」
「充分だ」
剣崎が要望したHK416小銃は自衛隊も使用する5.56mmNATO弾を使用する作動方式がガス圧利用のガスピストン方式の軍用小銃で信頼性が高い。その分、反動が強くなる欠点があり、逆にM4はリュングマン式と呼ばれるガス直噴方式で部品点数が少なく軽量で、反動がHK416よりも抑えられているが、内部が汚れやすく動作不良の発生率はHK416より高かった。
そして少ないがSR16小銃はM4のハイエンドモデルで、SCAR-Hは7.62mm弾を使用する中距離狙撃用の自動小銃だった。
その他拳銃等の銃器類もあった。
「分解結合できるか?」
「大丈夫です」
剣崎が坂田に聞くと坂田は自信ありげに頷いた。本人は数の少ないSR16小銃をちゃっかり自分用で確保している。
保管状態が分からないので整備しなおす必要があった。武器のメンテナンス道具は全員個人で持っている。
「近藤、西谷、山城、古瀬、それに野中と坂田は使えそうな武器と弾倉を持ってついてこい。高野以下は準備にかかれ」
「了解」
野中は剣崎に指名されたことを密かに喜びながらも決してその表情を崩さず、HK416を取った。M4に比べて重いのだが、剣崎がHK416を指定して準備させたのだからこちらを取るのが正しいだろうという勘だった。正確には米海兵隊で採用されているM27A5と呼ばれる最新モデルだった。どうやって調達したのかなど様々な疑問があったが、とりあえず黙って点検する。
武器担当の坂田が皆が見えるように銃を点検した。M4系統の小銃の分解は共通している。坂田は真っ先にSR16を取っていて、それの
光学照準器等は隊員達が個人物品として持ち込んでいて早速個人ごとに使いやすいようセットアップしていた。本来なら照準器は零点規正と呼ばれる調整を行わなくてはならないが、薬室内に装填する弾薬型のレーザーボアサイターを使って簡易的な調整を行うだけに済ませざるを得なかった。
「ノリンコのコピーじゃないだろうな」
机の上に並べられた拳銃を選ぼうとした西谷が胡散臭そうに聞いた。拳銃はグロック19とSIGザウエルP320やP226があった。両方標準的な9mm弾を使用する自動拳銃だ。
「安心しろ。信頼のドイツ製だよ」
坂田が言った。
「USAって書いてあるぞ」
「どっちも変わらない」
「適当だなぁ」
野中はP320自動拳銃を取った。米軍で採用される比較的スリムでコンパクトな自動拳銃で、P226と大きく違うのは
弾倉にも弾を込め、取り敢えずは小銃弾倉三個と拳銃弾倉二個を用意した。9mm拳銃SFP9用に調達していた〈SAFARILAND〉のホルスターはP320用で、それに突っ込み、一応バンジーコードで止める。
準備が整うと指名された隊員達は桂城と剣崎に続いた。
「エプロン地区で日本の使用が予定されている地域だ」
桂城が説明する間にも航空機の離発着が行われていた。米軍機の数も多く、米海兵隊が展開していた。西谷三尉がニコンの一眼レフカメラを使って重要な個所を撮影する。
エプロン周囲を見回り、警備に障害となる機材の有無や、武装勢力が侵入してくるとしたら、何処がウェークポイントになるかをチェックして回る。
山城一曹は班長で、古瀬一曹は狙撃手、野中はJTAC、坂田三曹は情報陸曹で、それぞれの視点で現在の問題点を見つけていた。
「見ろ」
山城が坂田に声をかけた。坂田もサングラスをかけているが渋い顔をして頷いた。野中も同感だった。
空港警備に就いているインドネシア陸軍の将兵は随分と少ない。機関銃座を作ることもなく、VIP用に作られたゲートの前には、車輛の突入を防ぐ障害物すら構築されていない。
彼らの警備態勢が酷く手薄なことは、誰の目にも明らかだった。インドネシア陸軍の優先事項は進撃してくる武装勢力を抑え込むことで滞在する外国人の保護は二の次だ。
出発前に見たCNNのニュースではジャカルタ市内でも外国人用施設を狙った自爆攻撃などが頻発し始めていたではないか。国際空港が標的になるのは時間の問題だろう。野中は、こんなお寒い警備態勢の中では全く安心できず、独自に警戒を行わなくてはならないことを確信していた。
チェックして回っていると空港からそう遠くない位置で花火のような散発的な破裂音が聞こえた。音はそれっきり聞こえなくなったが、銃声であることは疑いようがない。
格納庫に戻ると高野の指揮でアンテナが立てられていた。通信所が立ち上がろうとしている。
「剣崎一尉、市街地の状況を見に行きましょう」
桂城は剣崎が一通り部隊の様子を掌握したのを見て声をかけた。
「近藤、指揮を執れ。西谷、野中、通信を確保しろ。那智、ついてこい」
剣崎は指示を飛ばすと格納庫の裏に停めてあった車に向かった。同行に指名した那智はHK416を持ってついてきた。
運転手役の現地情報隊が現地調達されたらしいダークグレーのランドクルーザー200の脇に立って待っていた。マルチカム迷彩の戦闘服のパンツに上は黒のシャツの上からプレートキャリア等の装備を身に着けていて、一見では自衛隊の隊員には見えなかった。「尾藤三曹です」とだけ名乗ってランドクルーザーに乗り込むと、剣崎と那智、桂城が乗り込むのを待って発進させた。
VIP用に作られたエプロン地区に直通のゲートに向かうと、警備するインドネシア国軍のチェックを受ける。桂城がIDカードを見せるとほとんどノーチェックで通された。
「銃声が聞こえてるが、ジャカルタ市内はまだ大丈夫なのか?」
「国軍が粘ってるが、ジャマ・イスラミアの勢いは増してる。時間との勝負だ」
「
「俺達には分からないな」
なんとも他人事な物言いだ。空港警備に必要な経路や大使館までの経路などを桂城の運転で確認して回り、再び空港へ戻ると、米海兵隊の車列に出くわした。自国民の救出を行っていたらしいが、装甲化されたハンヴィー多目的高機動車やJLTV多用途装甲機動車、対地雷防護能力の高いMRAP等の車輛は物々しい。剣崎達の乗るランドクルーザーにも機関銃が向けられていた。
「アメリカはやはり早いな」
「危機管理能力が高いからな」
アメリカはインドネシア国内に不穏な動きがあると知って、すぐに同国軍との合同演習を企画し、急遽グアムに駐留する
インドネシア陸軍と海軍は、大規模演習を実施する準備が整わないことを理由に最後まで演習実施を渋っていたが、アメリカの読みは当たっていた。合同訓練開始式の翌日、ジャマ・イスラミアの武装蜂起が始まったのである。彼らにとってアメリカ海兵隊の存在は極めて厄介であったが、すでに作戦実行に向けた準備が進行していたため、引くに引けなかったのだろう。彼らの指導者は海兵隊の到着を知りながら作戦決行に踏み切ったのであった。
空港を出た時に使ったVIP用ゲートから入っていく海兵隊の車列から少し遅れて剣崎達も空港へ戻った。このゲートからは直接エプロン地区に入れるようになっているため、剣崎はここに自分の部下も配置されることを決めた。
外から空港に入る際はミラーを使って車体下面に爆発物が無いかチェックを受けたが、インドネシア国軍の兵士達は真剣ではない様子だった。
格納庫の正面にランドクルーザーで乗り付けて剣崎と那智が降りると海兵隊のハンヴィーが一輛、格納庫に近づいてきた。
降りて来たデザートMARPAT迷彩に身を包んだ完全武装の中尉を見て剣崎は少し驚いた。
「キャプテン・ケンザキ」
彼も剣崎に気付いていた。沖縄駐留米海兵隊の第5
「ベルツ中尉、君も来ていたのか」
ベルツの敬礼に剣崎は答礼して英語で話しかけた。
「ええ。ウェルカム・アボード、インドネシア」
ベルツは自分もよそ者のくせに訳知り顔で剣崎に言った。ウェルカム・トゥではなく、船に乗る際に使うアボードと言うところが海兵隊員らしい。それから顔を近づけてささやく。
「ここは酷いことになってます。間もなくジャカルタで市街戦になるかも知れないです」
ベルツはイラクで実戦を経験しているベテランだ。その彼が耳打ちしてくれる情報は貴重だった。
「ありがとう。いいニュースはないのか?」
「そうですね……海兵隊はもう少しインドネシアに来ます。それくらいですね」
「そうか。心強い。連絡手段を確保しておいてくれないか」
「分かりました。でもあてにはしないでください。ではお互い幸運を」
そう言い残し、ベルツはまた小走りで自分の隊に戻っていった。
格納庫の周囲にはすでに偵察分遣隊の隊員達が武装して警戒に当たっていた。
「通信は確保できました。中央即応連隊と追走物品も今日中に届きます」
西谷が報告した。
他の班長クラスの隊員達はどこから調達したのかホワイトボードを格納庫内に並べて地図を張り出し、空港内の要図などを作成して警備計画を立てている。
「もっとボードを用意して収集した情報を分析しておいてくれ。テレビはないか?」
桂城に聞くと「用意しよう」と頷いた。それを横目で見た野中がすかさず注文する。
「延長コードが必要です、ドラムで」
「撮影した写真を現像したい、プリンターも」
「扇風機は用意できないのか?暑くて敵わない」
「もっと良い地図!オーバーレイも」
他の隊員達の注文が殺到し、桂城は「人使いが荒いな」と呟きながら控えていた尾藤に指示した。尾藤は肩を竦めてそれをメモに控える。
「用意してもらった武器をリストアップしました。
「分遣隊最大の火器だ。いつでも使えるように点検と射撃予習を頼む」
「各人手を休めずに聞け。我々は公にはまだ現地での行動は行っていないことになっている。メディアへの露出にも気を付けろ。特異事項は壁に張り出せ。予定はすぐに変わる。各人でチェックしろ。警戒を怠るな」
指示が無くても隊員達は自分の為すべきことを見出して動き出している。剣崎は細かい指示は行わず目標と方針を伝えるだけで充分だった。
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