第10話 Gift(ギフト)
「よくもまあ俺の八雲にそんなことできるな」
「僕の八雲だけど?」
「てめー誰だよ。いい加減八雲から離れろ」
「僕、先輩だよ。敬語使いなよ」
「誰がてめーみたいのに敬語使うか」
「八雲、この野蛮な男、追い払っていい?」
「八雲、こっち来い。もう帰るぞ」
あまりに剣幕な二人に、八雲は目と耳を弱らせていた。奏は八雲を離そうとしない。それどころか、抱く手の強さが増してきている。打開策などないこの状況。八雲はいつも通りの自分を演じるしかないと思った。
「帰ります。先輩」
そう言って奏を突き放した。奏の顔は見ていられなかった。
「ツミキ、帰るぞ」
ツミキの横を押しのけて抜けた。ツミキの顔も見てはいられなかった。
(とりあえず帰るんだ。教室にもどってカバンとって帰るんだ)
八雲はその思いを繰り返し、歩く。自分たちのヒートアップさに反比例するかのような八雲の行動に、ツミキも奏も呆気にとられた。
奏は思う。このまま八雲が旧館を出たら、自分と彼女の時間が終わってしまう。
ツミキは考える。この男の行為は許せないが、旧館に入った自分を八雲は許さないかもしれない。
二人の男子生徒は、遠のく女子生徒をなんとか自分に繋ぎ止めていたかった。
「「八雲」」
そう言って二人は八雲を追いかける。立っていた位置の関係上、ツミキの方が先に八雲に追いついた。だが、奏は二人を引き離し、八雲を自分の方に引き寄せた。
「てめー何、また八雲に触って」
「これから八雲と手短に話す。だから君は外で待ってて」
「自分に都合のイイ事言ってんじゃねーよ」
「ツミキ、黙れ。外に行け」
八雲の静かな一言にしおれるしかないツミキ。さっきまで騒いでいたのがウソのように、わかったと、肩を落として旧館の外に出た。
「先輩すみません」
「君が謝る事じゃない」
「私が中途半端な事してるからこんなことに」
「僕は君が好きだし、君も僕のこと好きだよね」
「…」
「でも、それを怖いと思ってる」
「はい。。。」
「今日はもう何も考えないで。ただ明日も同じようにここに来てほしい」
「できたら。。。」
「僕は八雲を待ってる」
そう言って、八雲に旧館を出るよう促した。
旧館のすぐ外にツミキはいた。八雲はツミキを通り過ぎて、教室に向かう。カバンを取り、教室を出る。玄関を出て、校門へ向かう。ツミキはついてこない。八雲は幼馴染を傷つけた罰を一生償い続けるのだと思った。だんだん大粒になっていく涙がこぼれる。泣く資格など、自分にはないのにと歩き続けた。
*
八雲が旧館から出てきて、自分が見えていないかのようにふるまうので、ツミキは黙って後ろからついていくしかなかった。八雲は自分の教室に行った。ツミキも自分の教室に入ってカバンを取ろうとしたが、放課後になってすぐ生徒会室に行った事を思い出した。
教室から出たらすぐに帰るであろう八雲を気にしながら、生徒会室に向かった。
「失礼します」
「あら。まだクリスマス飾りの片付けあるんじゃないの?」
稜珂が窓際に立っていた。ツミキは怒りで忘れていた、重要な事を思い出した。
「生徒会長、なんで俺に旧館のリース外しに行けって言ったんですか?」
「行ってよかったでしょう」
「リースはなかったです。でもあの事知ってたんですか?」
「あの事って?」
「八雲と2年生の男」
「あ、そうそう。ラプンツェルには運命の人がいたでしょう」
「あいつは運命の人なんかじゃありません」
「へー、自信あるのね」
「今は、、、ありません」
ツミキは、驚くくらい意気消沈している己に気づく。こんな俺、俺らしくないじゃないかと、脳みそを奮い立たせるも、ショックな気持ちが体中にまとわりついて離れない。
「元気ないわね」
そういって稜珂が窓辺から離れる。生徒会室を出ていくのかと思ったら、稜珂はツミキを抱きしめた。ツミキはすぐにその手を振りほどいて、飛ぶように離れる。
「なんですかっ!いきなり!」
「よし、元気でたわね」
そう言って、今度は本当に生徒会室を出た。ツミキはひとり取り残された。だがびっくりしたせいか、少し前に感じていた心の重さは消えていた。稜珂の突飛な行動もたまにはいいもんだと、カバンを持って、帰りを急いだ。
*
奏は、八雲を自分から旧館の外にいざなってしまった事を後悔していた。スマートなやり方じゃなくて、もっと本能の赴くままに、八雲を自分に閉じ込めていればよかったと。だが、もうここに八雲はいない。これ以上考えても仕方ないと、奏は外国文学の棚へ行く。まだ割り切れていない自分をあざ笑う。
「思ったより元気じゃない」
後ろを振り返ると、中学からの知り合いで今はこの学校を牛耳っている生徒会長がいた。こいつのせいか、と奏は怒りの青い炎を揺らめかせた。
「なかなかやるね、稜珂」
「何が?」
「まさか彼がくるとはね」
「タイミングの方は?」
「最悪だよ」
「それはようございました」
「君の顔、見たくないんだけど」
「好きなあなたの事を思ってよ」
「君の好きってなんだよ」
「奏の心も体も誰のものにもしない」
「好きな人いるんで、無理です」
「だからそれを排除してる」
「僕をこれ以上怒らせないで」
「怒られたって構わない。それでも私を好きでいて」
「無理だよ」
奏はシェイクスピアの列をなぞった。稜珂はまだそこにいる。だが、今は八雲の事しか考えられない。明日も会えるのだろうか。明日が早く来てほしいと、欲するばかりであった。
*
「八雲、待って」
ツミキは校門を出てしばらくして、八雲に追いついた。後姿ですぐに分かった。
(泣いてる)
ツミキは八雲の手を取って、少し前を歩いた。いつもの八雲なら毒を吐きながら振りほどくのだろうが、今は抵抗せずにツミキの成すがままになっていた。ツミキはそのまま自宅へ帰り、八雲を自分の部屋へ入れた。八雲は丸テーブルの前に正座した。
「まだクリスマスだよ」
そう言って、ツミキはフォークにさしたケーキを八雲の口元に運ぶ。八雲は口をあけて昨日の続きの10段ケーキを食べる。イチゴの風味と塩味を感じながら。今夜も夕食を一緒に食べようとツミキは提案したが、八雲は泣き腫らした顔を、ツミキの両親に見せるわけにはいかないと思い、自宅に帰った。
自室に戻る。ベッドには6体のテディベアが枕の両脇に並ぶ。八雲はテディベアを思いっきり抱きしめてうずくまる。
「どうしよう」
「ツミキにも奏先輩にも嫌な思いさせちゃった」
「そんなつもりなかったのに」
言葉は消えていくものだと思っていたが、どうやらそれは違ったらしい。自分が発した言葉が、心に突き刺さって抜けない。
(痛い)
だが、それが自分の犯した間違いに対する償いなのだと受け入れる八雲であった。
12月25日月曜日が終わろうとしていた。3人の若い男女は、サンタクロースから一体何を受け取ったのだろうか。それともサンタクロースが置いて行ったものに気が付けなったのだろうか。ジングルベルが街から離れていった。
つづく
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