第二章 ~ブラックプリズン~

第14話 ~情報~

 生物の鳴き声や、風がそよぐ音に目を覚まし、初汰は跳ね起きて周りを見た。それは急襲にあった拠点であった。ここでようやく、むげんの森から脱出した実感が湧いた。


「も、戻ってこれた……!」


 初汰が起きるとすぐ、周りに倒れていたリーアやスフィー、獅子民も目を覚ました。


「戻ってこれたのですね!」

「なんだと!? 戻ったのか?」


 リーアも辺りを見回して、すぐにここがむげんの森でないことを把握した。

 獅子民は後半の騒動を知らずに戻ったため、まだ信じ切れていないようであった。

 スフィーは相変わらず声を失っており、初汰は二人にそれがバレないよう、すぐにスフィーのそばに寄った。


「大丈夫か?」


 《まだ、こえ、でないっす》


「そうか……。分かった」


 初汰は地面に書かれた文字を消し、倒れているクーバーのもとに寄る。


「おい、もうお前も起きてるんだよな?」

「クックックッ。まさか俺が負けるとはな……。とどめを刺せ」

「言われなくても刺してやる。でも一つくらい情報を吐いてもらう」


 初汰は急襲によって破壊された家の一部を拾い、その木を扱いやすいロングソードに変える。そしてクーバーの両太腿を切る。


「ぐぁぁ! はぁはぁ、やるようになったな……」

「ロークの仇は絶対に取る。さぁ、言え」

「分かった。一つだ。……俺は十指じゅっしと呼ばれる集団にいた。『幻獣十指げんじゅうじゅっし』という集団だ。そしてそのさらに上の存在。それが俺達を生み出した『咎人とがびと』ってやつらだ」

「幻獣十指、それに、咎人……。その咎人ってのは複数なのか?」

「何人いるかは知らない。ただ複数なのは確かだ……。さぁ殺せ」

「……そうか、今楽にしてやるっ!」


 初汰は右手を振り下ろし、クーバーの首を切り落とした。


「やったぞ、ローク……」


 初汰は空を見上げ、ロークに伝えるようにそう呟いた。

 剣を引き抜き、木の枝に戻すとすぐ、初汰はクーバーの死体を漁った。胸ポケットからは奇妙な絵が出てきた。それと、なぜか左手小指にだけ紫色のマニキュアが塗ってあるのを確認した。


「なんだと思う?」


 初汰は他の仲間にその二つを見せた。


「これは……獏。かしら?」


 リーアは絵を見てそう言った。


「獏?」

「えぇ、夢を食う実在しない生き物。と聞いたことがあるわ」

「なるほど、それで幻獣十指か……」

「今のは?」

「え、あぁ、そっか! それも話さなきゃな」


 …………。初汰はクーバーから聞いた、幻獣十指のことと咎人についてを伝えた。


「なるほど、こんな奴が他にも九人いるのね」

「むぅ、それは厳しい戦いになりそうだ」

「それに咎人ね……。まだ情報が足らないわね。とりあえずはブラックプリズンを目指しましょう」

「あぁ、そうだな」

「ま、待て! なぜ地下牢獄に用があるのだ!?」

「はぁ、そっか。オッサンは何も知らないのか……」


 …………。初汰とリーアでこれまでの経緯を獅子民に伝え、何とか納得してもらった。


「そうだったのか……。私はなんて無力だったのだ……」

「んなことねーよ。これから役にたちゃいい」

「そうだな。私が案内しよう」

「ありがとうございます。お願いしますね」


 こうして四人は襲われた拠点を捨て、ブラックプリズンを目指して森を出た。


 …………。ようやく森を出ると、だだっ広い平原に出た。


「おぉ、すげぇ! こっちに来てからずっと森だったからな~」


 初汰は異世界に来て初めての平原を目にした。


「そうね。私もこっちに出るのは久しぶりだわ」

「さぁ、行くぞ」


 獅子民を先頭に、一行はゆっくりと平原を進んでいく。


「久し振りに風を浴びた気がするな~」

「そうね、夢の世界では風なんて無かったものね」

「この平原の風はとくに気持ちいいからな」

「へぇ~そうなのか~」


 初汰は辺りを見回す。地平線が見えるほど、平原に障害物は無く、冷ややかな風が温かい日差しとともに流れゆく。

 しばらく歩くと小さな村が見え始める。


「見えてきたぞ。この地帯の情報が行き交う村、サスバ村だ」

「へぇ~、あんまり大きくは見えないけどな?」

「それがまた良いのよ。よそ者が来たらすぐに分かるし、小さい村なら情報の伝達も早い。それを駆使して村の全員が情報で稼いでるのよ」

「ほへぇ~、賢いな」

「後は見聞きすれば分かることだ。行くぞ」


 再び獅子民を先頭に歩き出し、一行はサスバ村の入り口に立つ。木で出来たアーチ状の看板があり、そこには綺麗な花が並んでいた。左から、桜、菫、薔薇。と並んでいる。桜と菫は綺麗に咲き誇っていたが、最後の薔薇だけは、しっかり咲いているのが一本のみで、ほかの三本は蕾のままであった。

 アーチをくぐるとすぐ、密集度の高い市場のような場所に続いている。獅子民は臆せずその市場に向かうが、初汰とスフィーが入り口で引き留められる。


「うお、なんすか?」

「お前、初顔だな?」


 門番のような役目をしているようで、軽装の男が初汰の前に手を広げて立ちふさがる。


「えーっと、まぁそうなるな」

「悪いが検査させてもらうぞ?」

「え? いきなりすか?」


 男は答えずに初汰の体をトントン。と、軽い調子で叩いて行く。


「最初だけだ。心配するな」


 初汰が嫌そうな顔をしていると、獅子民が笑いながらそう言った。


「ん? これはなんだ?」


 男はそう言って腰に差していた木の枝を取った。


「あ、えっと、それは……護身用に……」

「ハハハ! 護身? これでか? まぁいい、せいぜい頑張れよ。通って良し!」


 木の枝を初汰に返し、男は初汰の背中をドンッ。と叩いた。


「いて、あんがとさん」


 この調子で何も所持していないスフィーの検査も終わり、ようやく市場に足を踏み入れた。


「さて、久方振りに色々と見て回りたいものだが、まずは情報屋へ行こう」

「情報屋……。響きがかっけぇな」

「分かりました。その後、物資を調達しましょう」


 全員の同意を得、獅子民は市場の人混みをスルスルと抜けていく。初汰やリーアもそれに続いて市場の奥へ進んでいく。少し歩くと、市場を抜けたようにいきなり人気が無くなった。するとそこには酒場が一軒立っているだけであり、市場の一部ではあるようだが、その店に寄りつく客はいない。


「おい、本当にここなのか?」

「うむ、ここで間違いない。入るぞ」


 獅子民は迷いない足取りでその酒場に入っていく。それに続いてリーアとスフィーも酒場に入る。初汰も頭を掻きながら酒場の入り口を開けた。


「いらっしゃい。悪いけど店はまだ……」

「久方振りだな」

「獅子民さんか、ご無沙汰してます」

「いきなり悪いな。まだ裏はやってるか?」

「……えぇ、買う人はいませんがね。一応続けていましたよ」


 髭を蓄えたバーテンはカウンター越しにニヤリと笑みを見せた。それに続いて獅子民も微笑した。


「こいつらは仲間だ。初汰にスフィー、それと、リーアだ」

「ほう。彼女らは知ってますけど、その少年は……」

「訳アリでな。奥の部屋が良いか?」

「そうですね。どうぞ」


 男はそう言うと、カウンターから全身を現し、酒場の右隅にあるスタッフルームに獅子民らを案内する。


「それっぽいなぁ~!」

「静かに話を聞いてくださいよ?」

「分かってるって!」


 初汰はイメージしていた情報屋と本物が似ていたことにより、テンションが上がっていた。それを見たリーアはため息をつきながら首を横に振った。

 一行はスタッフルームと名のついた、裏酒場へ案内された。


「うわぁ~。すげぇ~!」


 初汰はアニメや漫画でしか見たことの無い風景に、目を大きくした。


「こちらでお待ち下さい」


 男はそう言うと獅子民らを丸テーブルを囲むように座らせて、更に奥へ消えていった。

 そしてしばらくすると、男は分厚いファイルを脇に抱えて空いている椅子に座った。


「なんすかそれ?」

「ふっ、懐かしいな。まだ使っていたのだな」

「はい、ネタ帳です」


 それにしては分厚い! と思いながら初汰はそのファイルに見入った。


「さて、どんな情報をご所望ですか?」

「おっとすまなかった。早くしなければ商売の邪魔になってしまうからな」

「いえいえ、夜まではまだ長いですから」


 獅子民とバーテンダーは太い笑い声をあげた。それに合わせて初汰たちも苦笑いをする。


「ゴホン。では単刀直入に聞こう……」

「はい、何なりと」

「ブラックプリズンへの道を教えてくれ」

「ぶ、ブラックプリズンですか!?」

「あぁ、そこに待ち人がいてな」

「で、ですがあそこは知っての通り……」

「あぁ、動く地下牢獄だ。それで、今はどこにいるか知らないか?」

「し、知っているには知っていますが……」

「大丈夫だ。お前の生活に支障は及ばせん」

「分かりました。そう言うのなら……」

 

 男はファイルから世界地図のようなものを取り出した。そしてそれを丸テーブル一杯に広げると、まず初めに現在地に丸を付けた。現在地は地図の左下付近で、その近くには大きな森が描かれていた。おそらく初汰たちはそこから出てきたと思われる。そしてその丸から少しペンを上に移動させ、そこに再び丸を付けた。


「周期からすると、明日、ここに着くはずです」

「こ、ここは!?」

「サスバ山岳ですね……」

「はい、情報屋の暗殺が多い場所でして、私としては……」

「大丈夫だ。立ち入ったものが暗殺されるだけであろう?」

「はい、ですがここ最近増えていまして、サスバ山岳を超えた先にある、ユーミル村に情報屋を到着させないようにしている気が……。もしかしたらこの村を襲いに来るかもしれません」

「それは無いだろう。長老が結界を張り、敵意を持った者には見えないようにしているはずだ」

「そうですよね。……分かりました。ではこれを受け取ってください」


 男はそう言うと、白い釦を取り出した。そしてそれをテーブルに広げられてた地図の上に置いた。


「なんだこれ、洋服の釦?」


 初汰はテーブルに置かれた釦を取り上げ、観察する。すると釦にボタンのようなものが付いているのを発見する。


「おい、これ、釦にボタンが付いてるぞ! 面白っ!」


 初汰はよく分からない釦を持って笑い始める。


「あぁ~、ちょっと、大切に扱ってくださいよ」


 男は初汰を落ち着かせる。


「んで、これ何なんすか?」

「これはテレポーター兼テレフォンだ」

「え!? こんなに小さいのに!?」

「はい、情報を提供する代わりに、私が危険な時はすぐに駆け付けてもらうためです。因みにボタンを押して投げるとテレポーターに早変わりします」

「ふむ、承知した。私は持てないから、初汰が持っていてくれ」

「了解~っと」


 初汰は受け取った釦をポケットにしまい、座り直す。


「さてと、私の安全も保障されたことですし、今日はこのままここに泊まって行ってください」

「良いのか? 店もあるだろう?」

「良いんですよ。取引ですからね。それに、獅子民さんと私の仲ですから」

「ふっ、助かるよ」


 バーテンダーの言葉に甘え、一行は裏酒場で一夜を明かすこととなった。

 リーアとスフィーは奥にある空き室を使い、初汰と獅子民は丸テーブル近くにごろ寝をする形となった。


「そーいや、あの人なんて言うんだ?」

「知らん」

「え、知らねーの!?」

「あいつも情報屋だからな。簡単に名は語れないだろう」

「いつか教えてくれると良いな~」

「そうだな……。それでは寝るとするか」

「うっす、お休み」

「あぁ、お休み」


 久し振りにゆっくりと休暇を取り、翌朝気分良く目覚めを迎えた。


「あぁ~、良く寝た!」

「私は寝てばかりだからそうでもないな」

「あ、確かに」


 初汰と獅子民は和やかな空気で微笑した。するとそこにリーアとスフィーも合流する。


「おはようございます」

「おう、おはよ!」

「準備が出来たら出発しましょうか」

「そうだな~。その地下牢獄とやらがどっかに行っちゃうかもしれないからな」

「うむ、私はより詳しい情報を聞いてくる」


 獅子民はそう言うと、リーアとスフィーが使っていた部屋よりも奥の部屋に入っていった。


 …………。

 各自準備を整えると、酒場を出て朝の市場に出た。


「流石に静かだな」

「えぇ、早朝ですからね。辺りを起こさないように静かに行きましょう」

「うむ。……情報屋よ、助かった何かあったらいつでも呼んでくれ」

「はい、それと、仮ではございますが、スワック。と呼んでください」


 そう言うとスワックは頭を下げた。


「おう! よろしく頼むぜ、スワック!」

「スワック、また次も頼むぞ」

「よろしくお願いします。スワックさん」


 スワックは初汰たちの声に反応し、頭をあげた。


「はい。皆さま、どうかご無事で……」


 するとスワックは再び頭を軽く下げ、一行を見送った。


「おうよ! すぐ帰ってくるからな!」


 初汰は振り返りながらスワックに叫ぶ、遠目からでも分かるほど、スワックは大きく頷いていた。

 そして一行はサスバ村のアーチをくぐり、村の北に位置するサスバ山岳を目指して歩き出した。

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