PAGE.411「境国 ~フォドラ~ 」

「……ラチェット。少し寝たらどうだ?」

 ナーヴァの自宅に連れて来られてから一時間が経過した。スカルは突如、目を見開き身構えた姿勢をとったまま動かないラチェットに声をかける。

「必要ナイ。ここに来る前に充分眠ったしナ」

 疲れていることを気遣っての事なら心配は無用だと告げる。

「息が荒いぜ。さっきから……いったん落ち着けって話サ」

「焦ってるって言いたいのカ?」

 ラチェットは気遣いを漏らすスカルとオポロを睨みつける。

 そうだ。彼等が心配しているのはラチェットの体力の話ではない。緊迫とした空気の中、押しつぶされてしまい暴走しないかが心配なのだ。

 今回はタイムリミットもある。この世界の脅威はサーストン以外にもまだ数体控えているこの状況。まだ青年に片足を入れた程度の若さであるラチェットには荷が重すぎる毎日であるだろう。

「……いや、そうかもナ。悪い、ちょっと休む」

 昔だったら、反抗的な意見をすぐに吐き出していただろう。

 だが彼はある程度落ち着きを見せるようになった。今は信じて待つしかない、すぐにでも手を出しかねない心を落ち着けるためにスカルの言葉通り今一度身を休めることにした。

「そうだぜ。こういう時はまず落ち着くことが大事だ。何かあったらすぐに起こす。それまではゆっくり休みなよ。二階のベッドを使っていいとナーヴァさんも言ってたぜ。ここじゃ、ちと騒がしいだろ?」

 ここにきてから数時間の間はコーテナ含めた女性陣の会話がずっと続いていた。最近のお洒落の事とか、新しい技の開発とかキャピキャピと盛り上がっている。

 スカルの言う通り、ここで眠るには少しばかり落ち着けないかもしれない。二階の寝室を使う方が彼の為にもなるだろう。

「寝る、つっても一時間程度だと思うがナ」

 一言残し、ラチェットは二階の寝室へと向かって行った。


「全く。相変わらずのあわてんぼうさんだねぇ」

「それくらい俺達の事を思ってくれてるってことなんだよな……ブチまけた話」

 すっかり夢の世界に旅立ったラチェットの背中を見送り、スカルは溜息を漏らす。

 スカルは他の一同と比べると戦闘能力は低い。それは本人も理解している。今この面々で一番の負担を負っているのは一回り歳が下の彼らであろう。

「落ち着いていけよ。いくらでも手助けと説教はしてやるからな」

 だからこそ、スカルは自分に出来る限りの事をやっていく。そう改めて心に誓った。


「ラチェット……」

 コーテナもまた、世界を背負った彼の事を想う。

 二度とあんな悲劇を起こさないためにも……コーテナは胸の中に眠る“魔王の力”に拳を突き立てた。

「暇。すごく、ヒマだ」

 これだけ殺風景な部屋だ。ただノープランでついてきた子供のガ・ミューラにとって、民家で静かに待機は退屈が過ぎることだろう。会話だけでは場を繋ぐことに限界があるようだ。

「ミューラ君。良かったらトランプやる?」

 念のため日用品は持ち歩いているルノア。彼女のポーチの中にはこんな暇なときのための気分転換として、娯楽の品も入っているのだ。

「トランプか……やる」

 カードゲームの経験はグレンにいた頃にあるようだ。ガ・ミューラは目を輝かせルノアの下へ寄ってくる。

「あっ、私も混ぜろよ」

 同じく、クロも混ざることに。

「私もやる!」

 そこへコーテナも参戦。

 四人でやるトランプの遊びとなればババ抜きが妥当であろうか。外の世界と違い、あまり文化の進んでいる様子がないこの場所では最高の暇つぶしとなるだろう。

「おっ、コーテナ~。ちょっとは手加減してやれよ? 俺も嬢ちゃん達とやったことはあるが、ビックリするくらい表情に出やすいからな。その二人」

「ちょっと! スカルさん!?」

 カッカと笑うスカルにルノアが頬を赤くする。

「まあね~。確かに分かりやすすぎるものねぇ~、そこの嬢ちゃん二人はね」

「言いたい放題いいやがって……!!」

 オボロも一度トランプで対戦したことがあるのか、スカルの言う事に同調している。クロも何処か悔しそうに拳に力を入れていた。

 二人の言う通り、クロとルノアはポーカーフェイスが売りのゲームが苦手な一面がある。

 クロは元よりラチェットに似てる傾向がある。どころか彼と比べて気持ちの抑えようがあまりにも伴っていないためにビリ手前になると心情が表情に出やすくなる。

ルノアの場合はそれが最初からずっと続く。おかげで圧勝は免れない。

「お前達も混ざりやがれ! 年貢を納めさせてやる!」

 トランプを取り上げたクロはムキになりながらシャッフルを始める。痛い目にあわせてやろうと殺る気マンマンだ。

「おう、いいだろう」

「何度でも相手をしてあげるよ」

 スカルとオボロの参戦も決まった。


「折角だから賭けでもやろうぜ。ビリの奴に何かやらせるか」

「待って!? なんでゲームのハードル上げたの!? ねぇええ!?」

 トランプは突然のデスマッチに。ルノアは青ざめていくばかりであった。



「……私は、少し外の空気を吸うとしよう」

 全員がトランプ勝負に混じろうとする中。アタリスはただ一人外へ出る。

「?」

 いつもと違う雰囲気。

 コーテナはそれを見逃さなかった。

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