PAGE.345「群れなす真炎(後編)」
アグルは魔族界の一族の名にして、一国の名。
あの城自体も国の一欠にすぎない。都でもある巨大な城塞から放たれた戦士は予想を上回る大群。
「善戦とは言い難いな」
グレンの戦士達もそれだけの数を前に奮闘している。しかし、向こうはグレンの戦士たちの消耗を嘲笑うかのように次の戦士を投下していく。
「敗戦一色、と言うべきか」
全滅……となってしまうか。
こちらの戦士がどれだけ通用するかどうか。勝利し敵を追い払える可能性が少しずつ遠ざかっていく。
イチモク寺の入り口にロザンとアタリスは村の様子を眺める。
まだ分からぬ勝負。グレンの村の住民の城であるイチモク寺にてその身を構えている。
「……楽しんでるな」
ロザンは戦争の風景を眺めながら、焦り一つ見せないアタリスに笑みを浮かべる。
「何、この光景。実に嘆かわしいが」
責める発言を一つしないロザンの問いにアタリスは答える。相変わらず、その姿は少女らしさの欠片もない。
「“風”はなぜか、こうにも心地よいのでな」
風。この焦げて咽るような匂い。返り血の匂いを乗せた悪夢の風。
否、アタリスはこの地獄絵図を楽しんでいるわけではない。人間の無様さを嘲笑っているわけではない。
“何かが起きる”。
風とはその予感。アタリスはこの光景が“ひっくり返ってしまう何か”がやってくるその予感を楽しみにしている。
「ふっ」
アタリスからの返答は来た。その発言の意味を分かっているのか、それ以上の質問をしようとはしなかった。
「……客人か」
なにせ、このイチモク寺。グレンの最終拠点であるこの地に、客人がやってきた。これ以上の長話は“戦い”が終わってからにする。
「あぁ、来たな」
アタリスもまた、その気配を感じ取っていた。
その気配もまた……アタリスが感じ取っていた“風”の一つ」
「……見つけたぞ」
「はーい! お久しぶりねぇ!」
近寄ってくる。この場へ“二人の戦士”が訪れる。
孤高の女戦士。美しさにこだわりを求める巨漢の戦士。
アグルの四天王が二人。アルヴァロスとエキスナがイチモク寺にまで、二人だけで姿を現したのだ。
「兵達を倒した、というわけではなさそうだな」
無駄に傷をついていない。それに息切れなど体力を消耗している様子も見せない。
それ以前にここへ来るまでに“徒歩以外で体を動かした”形跡を一切感じない。ロザンは一度、拳を交える前に問いてみる。
「雑兵には興味はない」
ギルドの生半可な実力の戦士たちは勿論。グレンの修行僧に半魔族、そして自警団のメンバーたちは戦うまでもないとエキスナは見なしている。
要は“雑魚”としか数えていない。長く続く山道を前に何の徒労も感じずに首の骨を鳴らすエキスナはロザンを前に身構える。
「強い者だけだ。私が望むのは……老体、私は今一度、お前と交わりたく存じ上げる」
ロザンの喜びに反応したのか、エキスナもその表情に歓喜を表している。狂気すらも感じさせる恐ろしい笑みを。
不愛想で仏頂面。人間の娯楽とやらにも、玉座の間でのパーティーでもそれといった笑顔を見せなかったエキスナの表情に、浮かび上がる。
「よろしい。では、また一本、よろしく頼もうか」
ロザンも拳を構える。
一人の老人と一人の魔族の女。イチモク寺の前でそれぞれ視線を交わす。
「ねぇ、そこの綺麗なお嬢ちゃん」
入口の門の屋根上から、二人の戦士を眺めているアタリスへ、アルヴァロスが声をかける。
「お暇なら、私の相手をしてくださるかしら?」
「……構わん」
アタリスは立ち上がる。
「感じたこともないな。父め、この空気、何故、私に味合わせなかった」
湧き上がる興味。込み上げる愉悦。
アタリスは震える我が身を押さえつけ、すぐ真横へと上ってきたアルヴァロスの方へと視線を向ける。
「ここに残って正解だったようだ……随分と、美麗な白鳥が現れたものだ」
「いやーん。白鳥だなんて、そんなこと言ってくれたの……アーケイド様に続いて、二人目よーん?」
白鳥という例えが嬉しかったのか。その言葉にアルヴァロスは身を悶えさせる。
やはり心は乙女なのだろうか。黒みの混じった筋肉質の巨大な肉体には酷く似合わない女性らしい仕草。表情も嬉しさのあまりニヤケを隠せないでいる。
「……そういう貴方も素敵よ」
“金属音”が鳴り響く。
しかし、その舞台に剣や槍など“刃”なんて、無粋なものは存在しない。
「綺麗。ええ、とても綺麗ね」
“拳”だ。
「ふっ……!」
平手を包丁のように振り下ろすアルヴァロス。それを華奢な右腕で受け止めたアタリスは汗一つ流すことなくそっと立ち上がる。
「こんなにも強い子なんだから」
「嬉しい限りだ」
ゴングが鳴る。
屋根上と屋根下。4人の戦士はただ“自身の興味”をぶつけるのみ。
村の命運。王の軍隊の作戦。
それを一度忘れ、お互いに牙を向け合った。
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