PAGE.341「朝日は未だ見えず(前編)」



「はぁー、相変わらず寂れてやがるぜ、この寺は」

 久々の里帰り。実家に帰ってきて早々にソージが言い放ったのは愚痴であった。

 王都やその他商人街に属する一流宿のような素晴らしい施設もないし、マジックアイテムを駆使した便利な家具もほとんどない自宅。不便としか思えないと畳の上で寝転がる。


「ソージ……」

 そんなリーダーの情けない面に、乗組員の一人である半魔族・シルファーは頭を抱える。

「まあ、コイツがズボラなのはいつもの事だろ」

「全くだ」

 マーキュリーとロイブラントも、そんな無礼すぎるリーダーの姿を見ても慣れてしまったせいか何とも思わない。それはそれでどうなのかというのがシルファーとしての意見であった。



「……しかし驚きましたよ。まさか、貴方がロザンさんの息子だったとは」

 ソージの訪れた客間へ挨拶がてらに顔を出すフリジオ。

「おう、精霊騎士様。改めまして、お久しぶりってやつだな。もう、疲れは取れたかい?」

「お久しぶりですね。貴方も相変わらずのようで……えぇ、魔物の一体や二体。相手したくらいで疲れませんよ。僕は。貴方も知ってるでしょ?」

 フリジオとソージはどうやら昔から面識があったらしく、親し気に会話をしていた。


 カルボナーラはその評判の高さから精霊騎士団直属の仕事を受けることもある。魔物退治の仕事ともなれば、同じく魔物退治が主であるフリジオも関わることになり、自然とこの二人は面識を持つことになった。


 互いに付き合いが長いらしく、それなりに息も合うようで意気投合としていた。


「久々なんだ。会話のネタを広げようとしたんだよ……んで、俺達には挨拶に?」

「ロザンさんがお呼びですので。ひとまず、集会所へと」

「全く、休む間もなく、かよ」

 頭を掻き回す。

 乱れた髪。ソージは手荷物から手鏡を取り出すと、ポケットに仕込んでおいた塗髪剤を片手に髪を整え始める。何度も手鏡を確認し、決めた表情を取ってから立ち上がる。


「……まあ、それぐらいヤバイってことだよな」

「ええ。状況的には……“ヤバイ”ですね」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 フリジオとカルボナーラ一同は集会所へと向かう。

 魔族の一派・アグルの本格的な攻撃は宣告通りに明日から行われる。今日の襲撃は軽い挨拶代わり。


 あれはアグルが用意しているであろう戦力の一欠。本格的な攻撃が始まったとなれば、アレの何倍の戦力が雪崩れ込んでくるか……考えるだけでも、溜まったものではない。



 集会所の扉。やってきたフリジオは笑みを浮かべながら、友へ先を譲る。


「おーい、クソジジィ。言われた通り来てやって」

「あー!! ソージだぁーーっ!!」

 扉を開けた直後。

「ぶふっ!?」

 ソージの元へ一人の少女が飛びついてきた。突然の不意打ちに反応できなかったのかソージは少女と一緒に地面に倒れ込む。


「久しぶりだねっ! 元気そうで何よりだよっ!」

 飛びついてきたのは“アリザ”であった。

 アリザは表情一つ変えることはないが、その言葉のトーンや抑揚は今まで以上にテンションが上がっており、歓喜を表している様に思える。

 

 ソージに飛びついたアリザはしっかりと彼を抱きしめながら、頬ずりを仕掛けている。


「……そういや、お前もいたっけか……完全に油断してたぜ」

 ソージは静かに立ち上がる。

 その状況であってもアリザは彼に抱き着いたまま離れない。背中にしがみつかせたまま、ソージは集会所へと足を運ぶ。


「久しぶりだなアリザ。相変わらず“育ちだけは良い女”だぜ……へへっ」


 見た目は綺麗でスタイルが良くても、性格と精神が何処か幼稚で幼さを見せる。人形のように無関心で、掴みどころのないオーバーな純粋無垢さ。

 本当にもったいないと言わんばかりの事を口にしながら再会の言葉を口にする。背中に感じる“とある感触”を味わいながら。


「破廉恥ですね」

「羨ましいか?」

「私には勿体ないですよ。アリザさんのような美人な方は」

「俺は譲ってやりたいくらいだがな」


 アリザとソージは幼馴染らしい。

 その一方で、この見た目通り歪んだ愛情が見え隠れしているようだが……ひとまず、細身のフリジオは骨が砕けるのだけは勘弁と笑いながら、その仲睦まじさを楽しんでいた。



「来たか。馬鹿息子」

「状況の説明を頼むぜ」


 集会所に足を踏み入れると、その状況のままロザンに説明を求める。



「あっ! ソージさんお久しぶりです!」

 集会所に足を運んでいたのはアリザだけではない。

 この寺の護衛を担当していたコーテナ達もその場にいた。


「おおっ、孤島での嬢ちゃんか! ははっ、見ない間に成長したじゃねぇか!」

 自分好みの眩しい姉ちゃんの素質があるぞとコーテナに挨拶を交わす。

「お前は……おおっ、特に変わってないな」

「褒めてくれて嬉しいよ」

 アタリスは成長していないことを小馬鹿にされながらも特に気にする様子を見せない。

 彼女からすれば、ソージという男は軽薄で下品という評価なのだ。こんな男に好かれても特に嬉しくもなんともない。というかそもそも興味がないのだ、アタリスにとって、ソージという男の事は。



「話を始めるぞ。ソージ」

「……ああ、頼む」

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