PAGE.329「開戰」
グレンの島。菜園。
「……うん、良い香りだ」
グレンの国はこういった飲み物関係の植物の栽培に関しても積極的である。
コーヒーの木を育てているこの植物園以外にも、紅茶を作るためのハーブだったり、グレンでは名物である玉露の葉っぱだったりと……数多くの植物が栽培されている。
「毎日一杯。かれこれ半年以上……飽きもしませんね」
もうじき冬に入る。冷え込む環境にコーヒーは最適だ。
この島に来てから半年以上。フリジオにとってグレンのコーヒーは見回りが終わった後の楽しみとなっていた。
「……そろそろトレーニングも終わりの時間ですかね」
フリジオはコーヒーカップをそっとテーブルに置くと準備を始める。
イチモク寺の修行がもうすぐ終わる時間だ。晩御飯の準備なども近づいているために帰還しなくてはならない。
本来ならもう少しゆっくりしたいところだが、イチモク寺の手伝い以外にも、精霊騎士団として報告書など業務も残っているため、あまりのんびりできない。
「ふぅ」
私服姿のフリジオ。
肌寒くなってきたこの環境。南国という事もあって多少の暑さを感じるフリジオは首元を扇ぐために服をパタパタと揺らす。
「今日はヤケに暑いような」
空を見上げる。
冬空も近い為か薄暗い。だというのにこの“妙な熱さ”。
不気味、というよりは“気持ちが悪い”。
「……コーヒーのせいですかね」
フリジオは上着を羽織り、イチモク寺へと戻っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
魔王復活の儀の失敗から半年以上が経過した。
グレンの島は今もこうして平和。ラチェットの手紙も二カ月に一回の頻度で届くため、向こうもうまくやれていることに安心を覚える。
「もうすぐ、修行も終わりを迎える」
コーテナの修行も最終段階へと入っている状況だった。
順調である。事はうまく進んでいるようだ。
「しかし残念だ。二人とも、子猫のように大人しくして……」
フリジオにとって、少々残念なことがあるとすれば、二人が裏切るような真似をしなかったことくらいか。
裏切り者二人を始末したとなれば、世界の脅威を始末した功績を早足で手に入れた事も可能だったというのに。
フリジオはそっと笑みを浮かべる。
今からでもそんな真似をしないかどうか、監視へと赴くことにした。
「……」
フリジオはジャケット片手に空を見上げる。
「やはり、変ですね」
“暑すぎる”。
植物園は箇所によって、その植物が育てやすい環境下にする為に温度を上げる仕掛けを施す場所もある。先程暑く感じたのはそれが原因だろうと考えていた。
だが、山道に入っても今日は一段と暑いと感じる。
何が原因か分からない。明日は大雨でも降る予兆なのかどうか。冬手前のこの時期に
この暑さを不気味に思い始める。
「何か妙なことでも起きなければいいのですが」
フリジオはイチモク寺を目指して山道を歩く。これだけの山道を歩くのは運動慣れしていないフリジオにとっては喘息ものの行事であったが、一年近くこの山道を歩いていれば慣れてしまったのか、もう荒い息一つ吐くことなく余裕だ。
「まあ、魔族が起こすゴタゴタの予兆あれば大歓迎ですけどね! それは天からのプレゼントとしてありがたく頂戴いたしましょう!」
ここに努めて一年。それくらいのプレゼントがあってもいいのではないかとフリジオは笑顔で言う。
これを冗談で言ってるのかどうか分からないのがこの男の怖いところだ。もしかしなくても、この男は本気でそれを口にしているのは間違いない。
「……ん?」
ふと、見下ろした村の風景。
薄暗い風景であろうと青く輝く海。綺麗な水面。
___ヤケに波が荒い。
かなり離れた位置であるここからでも分かるレベルの荒さだ。津波の一つは来るのではないだろうか……防波堤が設置されているとはいえ、その凶暴な予兆を前にフリジオは息を呑み始める。
また強くなる。さらに強くなる。
あれだけ巨大な船が流されるほどに強く。
「……むむっ?」
空を見上げる。
「……んんんんっ!?」
“空が裂ける“。
“雲の穴が出来る”。
「ははっ、はははっ……!!」
海の上空からそっと降りてくるは……“人間世界のモノとは思えない空飛ぶ城”。
まさしく、魔族が住まうような恐怖の“天空城”。
「……神様は本当にいるようだ!!」
フリジオはジャケットを投げ捨て、武器であるレイピアを片手に山道を降りていく。
フリジオは満面の笑みを浮かべたまま、グレンの山のふもと、村の港にまで全速力で走っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
空から突如現れた謎の城。
グレンの村の住民達は勿論大騒ぎ。何事もないこの日常に何が現れたのだと大パニックだ。
城は徐々に水面へと近寄ってくる。
もう少し、あと少しで地面の先端が水につく。
一体化。
天空城が海へ足をつけた途端、水面は溶岩が固まったかのようにあっという間に固体化。荒すぎる水面で出来上がった大地は、天空城とグレンの村の港へとつながれていく。
架け橋だ。
魔族の城と人間界の村をつなぐ、悪夢の架け橋が出来上がる。
「……ここか」
大地の架け橋を歩く四体の影。
アーケイドの臣下。エキスナ、アルヴァロス、そしてガンダラにブレロの四人だ。
「まずはご挨拶にってところよね」
アルヴァロスは歯ごたえのある人間がいるかどうかで首を鳴らしている。
迫ってくる。
魔族界きっての脅威がグレンの村へと近寄っていく。
港にいた男達は一斉に困惑する。
一体誰なのか。あの橋から迫ってくる奴らは誰なのか。
人間ではないことは理解できる。あれは間違いなく魔族だ。
そんな魔族がどうしてここに。一体何の目的があってここへ来たのかと。
「初めましてだな、人間ども。我々は“アグル”」
エキスナが先陣を切って声を上げる。
「この人間界全てを手中に収める一族の名だ。覚えておけ」
堂々の侵略宣言。
人間達はやはり困惑する。まだ状況を把握しきっていないようだ。
「抵抗は許そう。戦う勇気があるのなら、その覚悟を」
「御挨拶ですね。魔族達」
困惑する人間達。
そんな漁師や船乗り達の人波を避けて、一人の騎士が姿を現す。
「いいでしょう。でしたら、まずは僕が御相手仕ります」
お辞儀。紳士らしく丁寧に。
「この……精霊騎士団が一人、フリジオがね」
アグルと名乗る一族。魔族界の一国への挑戦状を正面から受け取った。
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