PAGE.321「REPORT,5 二人の正体」


 あれから数日が経過した。

 ステラ達はこの島に残り、引き続き調査を続けることになった。


 飛空艇はアレから再び動く気配を見せなくなった。大量に放たれた白い戦士は島中を見渡しても見つかる気配がない。魔物の気配さえも。

 結果として、カルボナーラのリーダーであるソージからの依頼は完遂したことにはなる。だが、あの出来事を真に受けてから、何事もなかったように立ち去るわけには行かなかった。


 遺跡の調査員として、あの謎を解かずに帰るわけにいかない。事と次第によっては、またあの悲劇を生み出すかもしれない。カルボナーラの面々も飛空艇が怪しい動きを見せないかどうか、滞在し続けてくれると協力に応じてくれた。



「……」


 あれから続く飛空艇の調査。しかし進展は無し。

 この点に関しては別にいい。彼女が一途に思っていた壁画の変化にだって半年以上の時間がかかったのだ。


 謎が解けるのには時間がかかる。その点は本当に問題ないのだ。

 だが、ステラは動揺している。調査に支障が出るとまでは言わないが、いつもの彼女らしくない落ち着きのなさが見て取れた。




「やはり、気になるのか」

 アトリエの一室。ステラに用意された客室にシアルが現れる。

「ノックをしてから入ってきてくれない?」

「した。返事がなかった」

 ノックは既に四十ほどしたことを両手で告げる。眠っているのかどうか、それとも外出しているのか同課の確認のため、一度謝罪の言葉を入れてから扉を開いたことも。


「……アイツらのことで話がある」


 ラチェット。そして、コーテナ。

 二人の事について、王都から連絡が入った……エージェントとしては、その報告は不安であれ耳に通す必要は絶対にある。






 語られる。

 ラチェット。彼の正体は魔王の依り代なんかではなかった。


 では、何事もない一般市民だったというのだろうか。他の人間には扱えないような特異な魔法を使うあの少年が、何の変哲もない好青年だというのか。


 いいや、違う。

 彼は魔王ではなく____







 “精霊皇の依り代として選ばれた異世界人”だったのだ。




 この世界の人間の力を扱えるにしては魔力が体内に存在しない。そして、この国の文化について明らかに疎い点がある。この世界の文字を読めなかったのも、その事実を耳にすれば納得がいく。


 ならば、何故、この世界の人間と会話が出来ていたのだろうか。

 それは精霊皇の意識が体に宿ったことによる“無意識の理解の会話”だったのか。この世界にやってきて、必要最低限の保険として必要だった機能として、埋め込まれた事ではないのだろうかと。



「精霊皇……そう、救世主、だったのね」


 彼は世界を破滅に導くためにやってきた魔王なんかではない。

 むしろその逆。新たに復活しようとしている魔王を討伐するためにこの世界へ送られてきた救世主。精霊皇の意思と力を受け止め切れる事が出来る頑丈な依り代。無我の心という、正義も悪にも囚われぬ唯一無二の純を手に出来る資格を持った器。


 それが……ラチェット本人の口から語られた。


 その際の雰囲気は明らかにいつもの彼とは違った。別の人物がそこにいるようで、何より近くにいたイベルが“この世界のものとは思えない壮大な力を感じる”と口にしたそうだ。


 そして、彼は一度王都を救った。

 かつて世界を救った力を駆使し、以前、何度も王都の窮地を救ってみせたのだ。



「……大体、予想は出来てたわ。彼が魔王ではないという事は。最も、精霊皇だったのは予想外だけど」


 世界を滅ぼす魔王。心を持たぬ邪悪の化身。

 ラチェットはいわゆるリアリストではあった。何事に対しても消極的で、まずマイナス面の考えしか口にできない。典型的で根暗な少年ではあった。


 だが、根暗であっても、その心には確かな善があった。

 彼の心には愛があった。情があった。そこらの人間では持つことは出来ない行動力と優しさを兼ね揃えていた……悪く言えば、危なっかしい突発的な男ではあった。



 世界を滅ぼす。だなんて、そんな大層な野望を内に秘めた人間には見えなかった。この世界では異質な存在であれ、魔王ではないことを彼女は信じてはいた。



「だけど、何より予想外だったのは……まさか」


 だが、その事実よりも悲嘆とする出来事があった。


「コーテナ……彼女が“魔王の器”だったなんて……ッ!!」


 魔王の器。それは確かにこの世界に存在した。

 それは……なんと“コーテナ”だったのである。


 彼等が島から離れて数日後、かつて世界を脅かした魔王の護衛軍“地獄の門”の魔物が眠りから目覚め、王都を襲撃してきたという報告があった。

 この数百年、身を潜めていたものの、その脅威は今も歴然。圧倒的な力で精霊騎士団の数名を屠ったという。その強さは今も尚、神話に泥を塗らない。





 ……だが、その魔族を追い払った者が現れた。


 それこそが。

 “魔王の血に目覚めたコーテナ”だったのである。



 その魔力、黒い炎は紛れもない魔族の王の力。邪悪の力は彼女を奮い立たせ、敵である人間の故郷を滅ぼす為に解き放たれた。人間には有害のガスを含む炎はあっという間に王都へと広がりはじめ、侵略を開始したとされる。


 その侵略を停めたのは、ラチェットだったのだ。

 最も、正確に言えば“精霊皇に体を乗っ取られたラチェット”であるのだが。



「ここ数日の動揺……“信じたくなかった”。だろう」


 あんなに優しい少女が魔王の器だった。

 あの日、飛空艇を焼き尽くした力。魔族にも似た力を前にしたステラの脳裏には嫌な予感が渦巻いていた。まさかとは思っていた。だが、信じたくはなかった。


 神様というのは、悪戯が過ぎる。

 その嫌な予感は、何の変哲もなく現実へとなってしまったのだから。


「二人の処遇は今後、騎士団の間で決められる。俺達は引き続き、この島の調査だそうだ」


「……そう」


 ステラは立ち上がり、外出の準備を始める。

 外出用の眼鏡をケースから取り出し、学会のメンバーであることの証である白衣の袖に手を通す。準備も終えたところで、そのシメとして指を鳴らし、部屋を出る。




「……どうも思わないのか」


 去り際、シアルが問う。



「気になるに、決まっているでしょうッ……!」


 それは本音だった。

 

「本当だったら今すぐにでも王都に戻って真意を問いたいわ……でも、この島を放っておくわけにもいかない。また、この島で以前のような事が起きれば取り返しがつかなくなる……今の私達は、その任務を終える義務がある」


 本音を漏らす。それは信頼できる彼であるからこそだった。

 籠りきりの考古学者。そんな彼女の数少ない頼れる友人であるからこそ、心のままに従いたいという本音を隠さなかった。



 だが、彼女はエージェントだ。

 自身の事情で目の前の事象を放棄する。そんなことはあってはならない。




「だから……早く終わらせて、王都に戻るわよ」


「ああ、言われなくてもそのつもりだ」


 この島での一件を早く終わらせる。二人はリビングへと向かっていく。





「……いらっしゃいましたか」


 そこで待っていたのは、ソージの部下であるシルファー。その横では先に準備を終えて待っていたミシェルヴァリーの姿もある。



「リーダーが貴方達をお呼びしています」

「「……?」」


 突然の呼び出し。

 何事なのだろうか。三人はシルファーに従い、彼の待つ場所へと向かう事になった。

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