PAGE.313「複雑な少年ハート」


 アリザとスーノウの気遣いによる散歩は謎の介入者によって滅茶苦茶になってしまった。企画したアリザ本人は今も不貞腐れているのか、寺に戻るなり、あからさまな態度で部屋へと戻っていったのだ。


 スーノウも今回の出来事に対して、底の尽きぬ限りの溜息を吐く。

 彼女の態度からして、今回の出来事は“今日が初めてではない”事が伺える。過去に何度も同じような事がこの寺の関係者たちの頭を悩ませているようだ。


 ロザンの言う通り、お寺に戻ってきた一同。



「……すまない、私の弟が」


 ロザンの客間には、あの少年がそのまま大人になったような半魔族の女性が座っていた。

 あの少年と同じでこのお寺の修行僧の格好をしている。正座という文化にも慣れているのかその姿勢が崩れる様子は全くなく、動いているのは頭に生えた獣の耳だけだ。


 彼女の名は“ガ・メノ”。

 財布泥棒の少年、ガ・ミューラの姉だそうだ。



 到着するなり、ロザンの代わりにコーテナとスーノウが客人の相手をすることになる。


 ……この女性、そして少年の事は寺につく前にスーノウから大方話を聞いた。



 オオカミの風貌が特徴的な二人も立派な半魔族。王都や特殊な地域、半魔族に対して寛容的な文化が存在しない地域に生まれ、ひっそりと息をひそめ生活を続けていた半魔族の一族の生き残りらしい。


 名もなき森の奥で姿を隠し生きていた一族の名は“ガ”。

 この一族に属するモノは全員の名前の先頭にその一族の名前をつけることが義務付けられているようだ。


「私も言い聞かせてはいるのだが……中々、心を開かなくてな」

 ガ・メノは自身の教育の不甲斐なさに謝罪する事しか出来ない。


「あまり迷惑はかけたくはない。なんとか、強く言い聞かせておく」

「こちらも協力できることがあれば」

 スーノウとガ・メノの会話を続けていると、その数時間後にガ・ミューラを捕まえたロザンが返ってきた。

 まるで撃ち殺した狼を運んできた狩猟師のようだった。グッタリと気絶したガ・ミューラは魂が抜けたかのように反撃の様子を見せようとしない。


 気絶したガ・ミューラを姉であるガ・メノに引き渡す。姉である彼女はロザンにお礼を言い渡すと寺の外の森へと戻っていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「なんで、あんなことをするのか分からない?」

 寺の中庭。鹿威しという変わった文化を眺めながらコーテナは首をかしげる。


「ああ、そうだ」


“ガ”の一族はその地域の人間とはかなり折り合いが悪く。魔物の力を持った悪魔と言い放たれ、日々ギルドや地域の騎士達からの猛攻を受けていたのだという。

 その攻撃は日々勢いを増すばかりで、ついには彼らの村である森の中に火を放つ過激派の連中まで現れる始末。幾度となく移動を繰り返すなど、その一族の生活は想像するだけでも心を痛めるものだった。



 結果、故郷を失い、彷徨い続けた一族……“ガ”の崩壊はついに訪れた。


 しかもその原因は騎士達人間からの猛攻ではなく……一族同士の殺し合いによるものだった。


 原因は、人間に反撃するか否かの反発だったのだという。


 一族の全滅こそしなかったが、その内輪揉めによる騒動から一族はバラバラに。事実上の壊滅を迎える事となった。

 ガ・メノとガ・ミューラも、一族壊滅後に放浪を続け、次第に魔族としての力に飲み込まれつつあった。


 その旅先にて、イチモク寺の修行僧に出会ったのだという。

 二人は修行僧に連れられグレンの島へ。今後、力が暴走することがないようにとロザンの元で身を鍛えることとなったのだ。


「アイツはまだ言葉を発せれない。そして、こちらの言葉も聞こうとしない……だから、何がしたいのか分からないんだ」

 この寺に姉弟がやってきてから半年以上が経過。

 姉であるガ・メノは修行僧達や他の半魔族達とも心を開き始め、魔族としての力のコントロールも安定を辿っている。


 しかし、その一方で……弟であるガ・ミューラの方はコントロールが不始末になる一方。

 しかも日に日に彼の行動は意図を掴むことが出来ない。突然修行僧達の訓練を妨害しに来たり、街中で遊んでいる子供を虐めたり、財布など金目のものを奪ったりなど……目に余るものが多すぎる。


 何故、そんなことをするのか。

 何度繰り返しても、あの少年は口を割ろうとはしない。それどころか、あの少年自体が人間の言葉をまだ話せないという事もあって、解決が困難となっている。


 そのような事態もあって、姉であるガ・ミューラは事態が解決するまでは寺の中ではなく、弟と共に寺の外で生活を続けているのである。


「……人間を嫌っている。というのが妥当かもしれないけど」

 一族として生活をつづけた頃、あの姉弟は幾度となく人間から酷い仕打ちを受けていた。日に日に増す暴虐によって心が廃れ、人間不信へと陥っている。人間という生き物そのものを嫌っているのかもしれないとスーノウは予測している。


「でも、なんで半魔族にまで攻撃を?」

「そう、それなんだ。自分達は彼と同じ半魔族。人間でもあって魔物である複雑な生物だ……だが、彼から見れば、一族以外の半魔族も同じ人間にしか見えないのかもしれないけどね」

 文化の違う半魔族も人間とそう変わらない。

 疑い深い存在の対象であることに何ら変わりはないのかもしれない。


「ごめんね。来て初日でいろいろ面倒な目にあわせてしまって」

「ううん、大丈夫」

 最初からいろいろなハプニングに見舞われたものである。

「こういったのには凄く慣れてるから!」

 だが、旅先でハプニングの連続に襲われるのは慣れている。最早、娯楽の一つになりかけていると胸を張って言い切ってみせた。


「ふふっ、こんなのに慣れてしまうなんて、君の周りはどれだけ騒がしかったんだい?」

 面白おかしい言葉を呟いたコーテナにスーノウは興味を抱いている。


 この少女が語る“友達”の存在とやらのワンパクさ。聞いてて暇になら無さそうだと愉快に笑っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「……」

 その夜中。コーテナは用意された個室の部屋の布団で横たわっている。

 本来ならば他の修行僧や半魔族と一緒の部屋を使う予定であった。


「すー……」

 しかし、予定外の客人達が訪れたことで予定を変更。

 客人用の個室を急遽用意し、予定外の客人であったアタリスとフリジオも一緒に、その個室にてお世話になる事となった。


 アタリスは寝間着姿にて布団で一睡。

 フリジオはレディ達に手を出さないという意思表示のために少し距離を取った場所にて睡眠。男女の間には境目としてテーブルを境界線として配置しておいた。


 二人とも、旅の疲れからかグッスリ眠っている。



 ……コーテナも次第に眠くはなってはいた。

 明日からどんな修行が始まるのか。それに対するワクワクによって眠れないという事もある。


 だが、それよりもやはり気になる事。





 ラチェットの事だった。


 彼もまた、コーテナと同じように、体の内側に特殊な力を秘めている存在。向こうは向こうでどのような事態になっているのか掴めない状況。

 大切な相棒であったラチェットの行方が強く気になっていた。しばらく会えないということもあり、連絡手段も顔が見えない手紙だけで余計に不安が募る。通信手段用の魔導書が使えないのが難点でしかない。


 不安。この先やっていけるのかどうかとコーテナは焦っている。


「ううん、いけないいけない!」

 ___初日からブルーになってどうするのだ。

 コーテナは何度も頬を叩き、気合を入れ直す。

「こんなことじゃ、ラチェットに顔向けできないからね!」

 二人が起きない様に小声で意気込む。

 明日は早い。ロザンに迷惑をかけない様にと瞳を閉じようとする。



「……ん?」

 その時、たまたま窓の外の風景が目に入る。



 寺から少し離れた下り道にある建造物。五重塔。

 その頂上のてっぺんに……人影がある。


「あれって」

 コーテナは何者なのかと起き上がり、窓からその人物を眺めてみる。


 微かに見える狼の耳。そして、ここからでも分かる小柄の体。

 感覚的な回答であるが……あの人影は、おそらく“ガ・ミューラ”だ。



「……」

 人間を嫌っているかもしれない謎の半魔族の少年。

 何処か儚げに月を見上げるその姿。コーテナは数分ほど、その姿に目を奪われていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る