PAGE.293「これから変わる世界(前編)」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……」


 戦いは終わった。


 目を開けると、見たことのある世界が広がった。

 この部屋にやってくるのは確か二度目だっただろうか。玉座の間にて、騎士団達も青ざめるようなことをしでかしたせいで送り込まれた、牢獄代わりのあの客室だ。


 ラチェットはすっと体を起き上げる。

 体が重くなったような気分である。精霊から人間に戻った。その感覚をしっかりと噛みしめる。


 ベッドの近くの椅子の上には、魔導書と精霊皇の仮面が置いてある。


 ……精霊皇の声はもう聞こえない。

彼の言う通り、デスマウンテンでの憑依を最後に、その意識は完全にこの世界から抹消してしまったのだろうか。


 ラチェットはいつも通りその仮面を目元に着ける。


「……起きたか」

 部屋の片隅には壁に背もたれていたサイネリアの姿があった。

 全くと言っていいほど気配を感じなかった。突然すぎる登場に驚きこそしたが、一人くらい監視はいてもおかしくないと落ち着きを取り戻す。


「歩けるか」

「……一応ナ」

 立ち上がれるかどうか、今ここで確認する。


 足に何一つ不自由はない。両手もまだ筋肉痛のような腫れた痛みを感じるが特に気にする程の事でもない。

 何の問題もない。不自由なく動けることを確認すると、ラチェットは再びサイネリアの方へ視線を向け、その首をゆっくりと縦に振った。


「よし、じゃあ来い」

 この後何処に連れられ、何をされるかなんて目に見えている。


「……踏ん張れよ。やると決めたなら、最後までな」


 玉座の間。そこで最後の判決と言ったところだろう。

 その場にはきっと、コーテナもいる。


 勝ち目があるかどうかは分からない。この状況を覆す展開が待っているとも思えない。友人を救う最後の試練に、この世界で最も偉い権力が立ちはだかる。


「当然、ダ」


 しかし、ラチェットは逃げるつもりはない。

 約束した。世界を敵に回すとまではいかないが、世界と戦い……コーテナという存在を世界に認めさせてみせると。


 その約束を果たすため、ラチェットはサイネリアと共に玉座の間へ向かう。

 本当の意味での、決着の舞台へと。


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 玉座の間。ファルザローブ国王に精霊騎士団団長のルードヴェキラ、そして精霊騎士団の面々がその場に勢揃いだった。

 

 そして、今回の舞台のもう一人の主役。

 魔王の器に選ばれてしまった悲劇の少女・コーテナもその場にいた。


 玉座の間に到着すると、コーテナの横にラチェットが並ぶ。

 再会、お互いに無事だったことを喜び合いたいところだが……あの国王を前に私語は厳禁。思った以上に頑固で短気な王を前に話を縺れさせるような展開を持ってこようものなら、別の罪を着せられそうだ。


 お互いに国王と騎士団長に目を向ける。


「……まず、ラチェット。我々の勧告を無視し、この城から脱走した件についてですが……魔王の器となりえる少女・コーテナを魔族界へと行き渡らせることを阻止した事。この件を持って、その一件は不問と致します」


 脱走の件は不問とする。

 しかし、問題はここからだ。


「しかし、貴方はコーテナを連れて、我々から逃げようとした。この国の脅威となる存在を連れて……この行動が何を意味するか、分かっていますね」

 精霊騎士団への宣戦布告。

 この王都ファルザローブへの反逆。それに飽き足らず、この世界全てを敵に回すという行動に匹敵する暴挙である。


「ですが、貴方は少しばかり特別な存在です。精霊皇の依り代に選ばれた、未来ある戦士。貴方への処罰は一度見送りますが……貴方の発言次第では、それ相応の動きを取らせていただきます」


 これより再び選択がやってくる。

 選びようのない理不尽な選択が。


「選びなさい」

 身構える。回答を間違えることは許されない。


「一つ、精霊皇に選ばれた身として、貴方自身が魔王コーテナを処断する……もう一つ、貴方にその決断が出来ないのであれば、我々の手で彼女を処断する。騎士団長の私としては、後者の方を強く勧めます」


 だけど、どうであれラチェットの選択は決まっている。

 道を探す。コーテナを助けるための道を探す。


 無謀だと言われても、後先を考えていないと言われても。

 きっと道はあるはずだと、この数カ月の間でも時間をくれないかと頭を下げるつもりでいる。


 ラチェットは騎士団達と、世界と戦う覚悟を決め、強く息を鳴らした。



「……それともう一つ」

 しかし、ラチェットは___

「最後に一つ、貴方に選択を委ねます」

 思わぬ、“どんでん返し”を食らう羽目になる。




「一つ……“コーテナ自身がその力を制御し、この世界の脅威ではないことを証明してみせる”事。それを実行に移せた場合、我々は彼女の処断を見送ります」

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