PAGE.199「前代未聞のプロジェクト(後編)

 だが、ラチェットとアクセルは戦慄する。

 ガラスケースの中から現れた人間……その背中に震えあがった。





 “魔物の皮膚”だ。


 ”その人間には魔物の皮膚が生えている”。



 体の一部一部、魔物の体の一部と思われる何かが埋め込まれている。





 片腕は引っこ抜かれ、縫い合わせるように接続された半魚人の腕。


 両目には、ヘビのように鋭い赤い眼が植え付けられ。


 背中にはまるでプラモデルのパーツをつける感覚で魔物の翼や尻尾らしきものが差し込まれるように体を貫いている。




 人形計画。とはよく言ったものだ。

 目の前で改造されたの人間はまさしく、”オモチャの人形”感覚でとっつきを繰り返した嫌悪の固まり。人間としての生命はすでに幕を終え、埋め込まれた魔物の体から送り込まれる”得体のしれない生命エネルギー”が新たな生を生み出そうとしている。


「人間という存在は中途半端な安定を保ったが故に進化にも停滞を見せている……だが、魔物は面白い。この千年という長い歴史にて、一度も停滞という時代を迎えたことはない。今も尚、成長を続けている不思議な生き物だ」


 魔物という存在。それは今も尚、進化を続けている。

 魔法を発動するための魔力も内側に秘め、人型であっても動物のような特徴と進化を取り入れ、独特な成長を続ける者もいる。

 今も尚、無限に広がりつつある進化の形について老人は強く賛歌を唱えている。


「私が作る最高の生物……その名も【魔人】だ」

 語られる研究結果。

 今だからこそ明かされる彼の実験の全貌。


「だが、魔物の生命力は人間の意志では制御が難しく暴走を繰り返してな……こうして、死んだ人間にある程度のシステムを組み込んだもので無理やり制御することしか出来なかった。まぁ、実践に投下するほどの出来は指で数えるくらいしかないがな」


 この真っ黒で中身が見えないガラスケース。

 その中にはすべて……“魔物と融合させられた行方不明者”が入っている。


 背筋が凍る。

 その狂気に満ちた研究成果を目の当たりにし、口から血の反吐を吐きそうになる。


「やれやれ、安定もままならないうちにバレてしまったものだ」


「そうだナ。その魔人とやらの実戦は……ないまま、終わらせル」


 これ以上、こんな男の自己満足に付き合っていられる暇はない。聞いているだけでも怒りのあまりに頭痛と眩暈でどうにかなりそうだ。

 こんな訳の分からない実験。更なる進化を求めた生命体を製作するという、こんなくだらない計画のためにクロの父親は利用された。たった一つの命としても扱われない最期を迎える羽目に。


「テメェは絶対に殺ス」


 もう我慢の限界だった。ラチェットは引き金に手をつける。


「……何を勘違いしている?」

 ウィグマは笑みを浮かべたまま、ラチェットの方へ視線を向ける。


「こいつ達の舞台は……“既に用意できているぞ?”」


「!!」


 悪寒がした。ラチェットは間もなく引き金を引いた。


「うっ……!?」

 麻酔銃の弾丸は心臓を捕らえた。

 アフリカ像であろうと一瞬で眠りにつく強力な麻酔銃だ。この男の活動時間はあと十秒足らずで終わるはずである。

「ひっひっひ……」

 弾丸が抉り込んだ胸元を抑えるウィグマ。弾丸を撃ち込まれ、とてつもない苦痛を帯びているというのに喜びを表すかのように狂った乱舞をするかのように踊っている。


「ひっひっひ、ひゃっはっはっは……ッ!」

 ウィグマは身につけていた白衣を脱ぎ捨てる。


「「!!」」

 


 ウィグマの背中には……被検体と同じように“魔物の体”が埋め込まれている。

 

「これだけのサンプルのおかげで、どうすれば魔物の生命力に抗体ができるか証明する事が出来た! こうして私は日に日に魔物の生命力をコントロール出来るようになっている! 確実なコントロールを身に着けている!!」


 一番巨大なガラスケースの中身がライトによって照らされる。


 全長数十メートルの巨大なドラゴンの魔物が放り込まれている。

 眠りについているだけで息はしている。特殊な液体によって永遠に目覚めることのない巨大な魔物は幸せそうに夢を見ている。



「これで……これで百パーセントだ!!」


 ガラスケースを叩き割り、その中へ手を突っ込む。




 吸収されていく。


 あれだけ巨大な魔物が……まるでスライムのようにゲル状へと溶けていき、老人の体へと吸収されていく。


「ぐひひひ、あぎゃぎゃぎゃぎゃッ!!」


 変貌する。

 巨大なドラゴンを放り込んだことにより、老人の体が変化してく。


 肌はドラゴンらしく全て鋼鉄な皮膚へ。


 手足も人間とは思えない剛腕に進化し、顔つきも魔物らしい凶悪な強面へと。


 その姿は最早人間の面影など一切ない。


 全長二メートル近くの巨大な魔物の姿へとウィグマは変貌していった。



『……さぁ、舞台は整ったッ!!』



 最早、人間の老人の肉体はその場に存在しない。

 目の前にいるのは、魔物肉体を手に入れた新たなる性別種……“魔人”。


『私の時代の始まりだ!!』


 今ここに。

 人類憎悪。前代未聞のプロジェクトが開拓されたのだ。

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