PAGE.172「自由を奪われた生体兵器」


「……なるほど、例の通り魔ってやつがいたのか」

 状況が理解できないスカルはガレージに用意された客人用のソファーにて事情を聴いていた。


 スカルもかなりテンパってはいたもののサイネリアから例の殺人者の話は聞いていた。その時は緊張のあまり話がほとんど通っていなかったが、落ち着いたあたりで用心しておこうと周りに気を配っていたところである。


 サイネリアが立ち去ってから数分。

 心のどこかで他人事のように思っていた矢先に事件に巻き込まれたようだ。その衝撃にスカルも多少だがコーヒーカップを持つ手が震えている。


「良かったよ~。下の方に誰もいなくて」

 あれだけの大爆発だ。誰かいたら体が吹っ飛んでいたことだろう。たまたま誰もいなかった幸運に感謝する。


 何故爆発したのかは原因が分からない。

 アタリスがとどめに体を爆破して埋葬でもしたのだろうかと思ったが、本人曰く退屈を持て余さない玩具には以降の興味はないと口にしていた。


 体を燃やした以外には特に何もしていなかったのだという。

 あの爆発は……別の何かが原因で起きたものとされている。


(あの人形……)

 謎の殺戮人形。 

(間違いない、アレは……)

 あの既視感。あの不気味さ。ラチェットはようやく思い出した。


 静かな殺意と止まることのない肉体。“殺す”までは基本止まることがない怪物じみた殺戮マシーンを、過去にこの目で見たことを。


「空いてるか」

 何でも屋スカルのガレージに客が入ってくる。

「はい、空いてますよ……って!?」

 スカルは入ってきた客に驚く。


 さっきまでここにいたはずの精霊騎士団。サイネリアとホウセンの姿であった。


 しかし驚いたのはその人物が再びここへやってきたことにではない。


 ケガをしている。

 二人とも甲冑が消し飛ぶほどの何かをその身に受けたのか、火傷を負っていた。


「いやぁ、ちょいとヘマをしちまってな! 救急箱か何かあるかい?」

「クッソ……小賢しい真似を遺品に残しやがって……!」


 動くことすら困難なはずの火傷の傷であるはずだが、二人はピンピンしている。ちょっと擦りむいた程度のリアクションである。

 ホウセンに至っては頭に手をやって大笑いしているし、サイネリアは苦しむ様子も全く見せずにむしろ舌打ちをする余裕を見せている。


 これは呑気と言っていいのか。それとも、不気味に思うべきなのか。

 それだけの大ケガを負って普通にしている二人を見てラチェットはリアクションに困っていた。


「はいよ!」

 スカルは慌てて救急箱を取り出すとソファーに腰かけたホウセンの応急処置を始める。コーテナもそれを手伝うため、サイネリアの治療を開始した。



「この火傷は一体」


「いやぁ、例の通り魔にあったんだが……最後の最後で悪あがきをねぇ」

「死ぬ前に爆発するなんて聞いてねぇぞ……まあ、逃がしたんだから報告なくて当たり前か」


 “爆発した。”

 この騎士達も例の殺人者たちと遭遇した。そして生け捕りを試みたが最後の悪あがきに巻き込まれ被害を被ってしまった。しかも最悪な事に、近くにいたもう一人は逃がしてしまったのである。


 とんだ置き土産を食らったものだとサイネリアは何度も舌打ちを繰り返す。1分絶え間なく舌打ちをする女性も珍しい。というか彼女らしい。


「何なんだ、あの人形みたいな奴等……全然喋らねぇし、身動き一つ止めはしねぇ。本当人形そのものじゃねぇか」


「……なぁ」

 ラチェットは治療中の二人に声をかける。


「あの人形、少しだが思い当たる節がある」


 ラチェットの言葉。

 その言葉にサイネリアとホウセンは反応を見せる。


「ラチェット? 何を言ってる」

 スカルもその言葉に反応するがそれに対してはラチェットは耳を通さない。むしろ遮った。

「どれだけダメージを与えても殺す限りは止まらない人形……俺達はそれに一度遭遇したことがある」

「俺達って……あっ!!」

 スカルも気が付いたようだ。


「それって……!」

 コーテナも思い出す。

 身の毛がよだつのような恐怖。人間が生み出したと考えると恐怖でしかない、あの恐ろしい人造兵器の存在を。



 ラチェットは二人に話した。

 何でも屋スカルが旅の途中で見たという謎の殺人者。




【何者かの指示により自在に動く、自由を奪われた生体兵器】の話を。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「人形計画だぁ?」

 精霊騎士団の二人に旅の途中で出会ったという非人道的な生体兵器をこの目で見たことをラチェット達が話し終える。


 どれだけ傷つけようとも、どれだけ体を麻痺させようとも……その体が死を迎えるまでは主人の命令通りに動き続ける”自由を奪われた兵器”。

 その体は脳も体の神経もすべてジャックされており、どれだけ体に負担がかかろうとも脳の命令により無理やり体が動かされる。どれだけ本体が痛覚を帯びようとも、死亡が確定するまでは永遠に動き続けるのだ。



「ああ、その男は商売のためだけにその人形計画の実験に付き合っていたみたいだが……そのプロジェクトの資料は何処かの研究組織から極秘に回収したものらしい」

 スカルが情報屋から買い取った情報を根こそぎ話す。


 あまりにも非人道的なプロジェクトの内容だ。そう簡単に頭から離れることがない。衝撃的すぎる悪夢の計画はずっと脳裏に焼き付いていた。


 人形計画。人間を道具として売り出す輩が何処かにいる。

 この魔法世界の何処かに。


「どれだけ無力化を図っても攻撃を続行シタ……あの時の奴らと全く同じだったヨ」

 ラチェットは自身達も例の殺戮人形に襲われたことを騎士団に告げた。

 その戦闘の内容も、包み隠さず全て。



「……その計画を行っているのが、アルカドアかもしれないってことか」


 ここまで偶然が重なれば、流石に考えざるを得ない。

 アルカドアという組織は……王都を揺さぶるとんでもない実験を行おうとしている。数百人はおろか、数千人近くの命を奪いかねない悪魔の実験を。


「どうするよ。思ったよりも物騒な話だなぁ。これ」


「一度、クレマーティの耳に通しておいた方がいいかもしれないが……ダメだな、証拠がないとアイツは動かない」


 学園の生徒の大量抹殺に数多くの失踪事件。その火種である生体兵器を操る組織の正体がアルカドアであるという証拠が見つからない限りは迂闊に動けない。失敗次第では王都に想定外の大混乱を招く可能性だってある。


 クレマーティはこの組織の中では一番慎重な男。

 いうなれば、自分勝手に行動する奴が多いこの騎士団の中で良心の一人なのだ。



「ちょっとばかし、雑に探り入れてみるかぁ」

 サイネリアは軽く礼を言う。

 怪我の治療のおかげで少しは楽になった。といっても、元より体を動かせるくらいにはダメージは少なかったらしいが。


「んじゃあ、アルカドアについて調べる必要があるし、私たちも動くとするか……と、その前に」

 サイネリアは首を鳴らしながら、ケガを治療してくれたコーテナ。そして監視対象であるラチェットの方へと視線を向ける。


 何処か不穏そうな空気。

 不意に見せたニタリとした笑みはラチェットの背筋に嫌な悪寒を漂わせる。



「な、なんだヨ」


「なぁに、ちょっとばかし頼みがあるんだよな」

 サイネリアは震えるラチェットに近づいたかと思うと肩に手を置き、やっぱり怪しい笑みを浮かべていた。

 これは悪い顔だ。何かとんでもない方法を思いついたヤバい奴の顔だ。


 断る権限があるかどうか分からない。だが、半ば諦め気味のムードになったラチェットは落胆するかのように肩を落としていた。

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