PAGE.162「ダークサイドが静かに迫る(後編)」

 というわけで見つかったら不味いモノを浴槽に隠してから友人一同を二階のリビングへと入室させる。


 私服姿のアクセルにコヨイ、それにルノアとクロも遊びに来たようだ。

 学園が封鎖されてしまい、不意に起きた休日のせいで暇になったようだ。家でずっと寛いでいるのも何だからと、遊びに行ったことのないココへ来たというわけだ。


 学園が大騒ぎな状況だというのに大した度胸だ。ラチェットは来客全員分のコーヒーを注ぎながら溜息を吐いていた。


「あれ、そういえばロアドは?」

 いつものメンツに本来いるはずのメンバーが一人いない事にコーテナが気づく。


「ああ……今回の事件で沢山人が亡くなっただろ。中には名家の息子も何人かいたみたいで、今日葬式を取り行う所もあるみたいなんだ。ロアドはその手伝い」

 

 ドラゴンライダーの仕事は荷物を運ぶことが主となっている。

 荷物を馬車や車などで運搬することも可能だが、街中は人も多く場合によっては時間を食う可能性も否めない。


 この時代では希少とされている空の運搬業・ドラゴンライダーはそんな時に仕事を託されることが多いようだ。おかげでドラゴン牧場を永続させられるくらい繁盛している。


 最も、今日の仕事はあまりテンションのあがる内容ではないのだが。



「酷い事するもんだよな……何もしていない生徒達を大量殺人だなんて」

「本当です。悪魔の所業、許しておけません」

 アクセルは拳を構え、コヨイも咳払いで小さいながらも怒りに震えている。

 被害者の中には、少しであれ交流のあった生徒が何人かいたようだ。何れも重傷で一命を取り留めた者ばかりらしいが……傷を負った事には間違いはない。


 既にお見舞いもしてきたようである。元気な姿を見て一安心はしたようだ。


「なんで学園を……」

 ルノアも今回の事件にはかなりの恐怖を抱いていた。

 もしも、自分もあの場にいたらなんて考えると……ゾっとしてしまう。



「というか、ここ最近学園の事件多くね? 魔物の事もそうだったし」

 クロの発言に一同は考え込む。

 確かにここ最近、学園にて不慮の事件が連続で起きている。魔物の大量発生に今回の大量殺人事件。これは偶然なのかどうかも考えてしまう。



「……まあ、騎士団が何かしてくれるまで、俺たちは待つしかないダロ」

 何が起きているのかもわからない野次馬が事件に首を突っ込むのは無謀。言い方は酷いかもしれないが、殺された皆の二の次になるだけだとラチェットは言った。


 

 これから王都、そして学園はどうなってしまうのだろうか。

 街中に逃げ続けている爆弾魔、そして魔物の大量発生に学園の封鎖。ここ数週間で配慮のしようがない出来事が連続で起き続けている。


 言葉にならない不安が一同を襲った。



「……だぁ! こんな空気じゃだめだな! 何かしようぜ!」

 せっかく遊びに来たというのにこんな陰湿な空気ばかりが立ち込めるとかえってストレスになる。不安を落ち着かせるためにやってきたのだから、それを誤魔化すゲームを考えようとアクセルは提案した。


「具体的に何をするんですか」

 コヨイの的を得た指摘が直撃する。


 来たのはいいが何をするか。

 魔法の研究会や模擬演習など学園でいろいろと楽しい事をやってきたが……友達の家に来て何をするかで一同は迷っていた。


 この世界にはテレビゲームもオンラインゲームも存在しない。それにトランプなどもこの世界では骨董品扱いだ。

 チェスやオセロなども存在はしているようだが、あれは1対1で2人用ということもあり大人数でやるゲームではない。何か良いゲームの提案がないかと緊急会議が始まっていた。



『おーい! ラチェット! お前に客だ!』

 ガレージの方からスカルの声が聞こえてくる。

 

(俺に?)

 ラチェットとそれなりに交流を深めているクロにアクセル達は目の前にいる。それ以外に交流のありそうな人がいただろうかと疑問を浮かべながらラチェットはガレージの方へと降りていく。



 もしや、エージェントであるステラかそれ以外の人物だろうか。

それとも捜査協力とやらのために精霊騎士団の誰かが駆けつけたのか。


 一体誰が来たのかと予想をしながら一階のガレージへと足を踏み入れる。


「!」


 その客人は意外な人物。


「突然すまない」

 フェイトだ。

 学園のナンバーワン、まさかのご来客である。


「いや、別に構わないガ……何の用ダ?」

 相変わらず彼女から放たれるオーラのせいで緊張感を覚えてしまう。何とも言えない緊張感に震えながらもラチェットはフェイトの元へ赴く。


「君に一つ、聞きたいことがあってな」

「聞きたいこと?」

 ラチェットは首をかしげる。



「……君は昨日、何をしていた?」

 フェイトの目つきが鋭くなる。


「え!? ああ、いやぁ……ずっと家にいたガ?」

 嘘ではない。だが、詳しくは口にしない。


 言えるわけがないだろう。何事もなく家でくつろいでいたら例の爆弾魔がいきなりココに押し寄せてきた挙句に同居することに。爆弾魔が怪しい行動を取らないかどうか一日中ずっと見張っていましたなんて。


 バレた瞬間、爆弾魔の護衛を引き受けたこの何でも屋が終わる。場合によっては全員纏めて爆弾魔のトバッチリを受ける事だってあり得る。



「……本当にそうか?」

 疑っている。フェイトの目つきからして間違いない。


「あ、ああ」

 ラチェットは意地でも堪える。ここで引いてしまったら家に上がり込まれて調査をされる危険性があると思っていたからだ。


 なんとしてでもここで追い払う。

 ラチェットは自分の心臓を縛り付け、足も震えも必死に堪えて張り合った。


「そうか、突然すまなかったな」

 するとフェイトは一礼だけ終えて、その場から去っていった。




「……ふぅ」

 溜息を吐いて一難去ったことに安堵する。

 あの少女は何のためにあの質問をしたのだろうか……あまりにも物騒過ぎることの連続にラチェットは心臓の鼓動が止まらなかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「んで、これは何があったんダ」


 数分後、リビングに戻ってくると……。




 コヨイ以外の一同が喉をおさえながら苦しんでいる。

 テーブルの上にはラチェットが注いだ甘めのコーヒーが並んでいる。


 しかし、コーヒーは一口付けただけで放置されている。その内一個だけはしっかりと飲み干されているようだが。


「一つ以外、コーヒーの中に激辛の調味料を放り込んだんです。誰があたりを引くかという運試し勝負をしていました」


 何という命知らずなゲーム。たった一人ゲームに勝利したコヨイはニヤケ顔でピースサインをしている。


 コーヒーに唐辛子は割と合うと聞いたことがある。

 このコーヒーには一体どれほど恐ろしい調味料が放り込まれたというのか。


「お前らナァ」

 ラチェットは一息吐いて、もがき苦しんでいるアクセルの元へ。


「口に入れるモンを粗末にするんじゃねぇ、バカタレがァッ!!」

 渾身のビンタがアクセルの頬に直撃。

「なんで俺だけぇっ!?」

 理不尽な追い打ちにアクセルの悲鳴が響いた。



(……にしても、アイツは何をしてるんダ?)

 こんな面白い事を嗅ぎつけたら、ひょこっと戻ってきそうなアタリス。

 しかし、そんな彼女が戻ってくる気配がない事に、ラチェットは全力のビンタ故にヒリヒリとした片手を振りながら、妙な違和感を覚えていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 同時刻。学園から少し離れた住宅街の屋根上。


「……何やら面白そうな事が起きているな」

 面白そうな事。どうやら別の匂いを嗅ぎつけて学園近くにまで足を踏み込んでいたようだ。


 学園近くの雑木林。



 その中で何者かから逃げ回っている……“男子生徒”の姿が。



「私も混ぜてもらおう」

 アタリスは笑みを浮かべながら、森林地帯へと猫のように駆けて行った。

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