第154話 死戦の先にある勝利

 対峙したテンとデウ対ハク爺、その決着は一瞬の内に付いた。


 一瞬とは言っても、その間に無数の駆け引きが行われていた。


 ――

 デウが重心を動かした後、テンは一歩踏み込むと同時に体重を乗せ、棒で突いた。


 ハク爺は斜に構えており、テンはその中心――肋骨の辺りを狙った具合だ。


 テンの突きには"捻り"が加えられており、その速さも中々のモノだった。


 幾ら"訓練用"とは言え、あの突きを喰らったらかなりのダメージを貰うだろう。


 まあ、"喰らったら"の話だが……


 予想通り、ハク爺は難なくテンの突きをかわした。


 ――後足でステップを踏み、前足の位置は殆ど動かしていない。


 今だからこそ分かるが、完璧な"見切り"だ。


 ハク爺が突きをかわすと、デウが動いた。


 デウはそもそも、この"二手目"を狙っていたのだろう。


 デウは右手でブラックジャックを握っており、左手は腰のあたりに添えている。


 ――体の捻りを最大まで、最速で生み出す為だろう。


 ハク爺の肩口から背中にかけてを狙っている。


 セオリー通りに、ダメージの蓄積を狙う様だ。


 しかし――デウが振り抜くと、そこにはハク爺はいなかった。


 人とは比べ物にならない位発達した反射神経のお陰で、正巳はハク爺を完全に捕えていた。


 ――重心の急激な移動と、それに合わせた適切な足の運び……思わず『美しい』と呟きそうになる"ステップ"だった。


 しかし、テンはそれに僅かに反応していた。

 ――先程突いたのとは逆側での、薙ぎ払い。


 対処は間違ってはいなかったが、スピードが足りていなかった。

 ――いや、例えスピードが足りていたとしても、恐らく結果は変わらなかっただろう。


 テンとデウの首元には、ハク爺のククリが其々添えられていた。


 それを確認した二人は、其々の武器を下ろした。


 閉まっていたドアが開く。


 少し項垂れる二人に対して、ハク爺が言った。


 ――防音になっている様で、中の音はそれ迄聞こえなかった。


「うむ、まあ動きは悪くないの。だが、協力して一人に対する時は、互いに背中を預けるようにして構えるんじゃ。お前達は、互いに向き合う様にしておった。そうじゃなくてだな――……」


 ハク爺の"指導"が始まった所で、サナと二人……ボロボロになったアキラとハクエンが歩いて来た。サナはけろりとしているが、その後ろの二人は息絶え絶えだ。


 そんな様子を見ながら、サナに言った。


「どうだった?」

「んー、あきらは足が動いてないなの」


 サナの言葉を聞いて、アキラは俯いている。

 ……恐らく、身に染みるほど実感したのだろう。


「ハクエンはどうだ?」

「はくは"ちょいちょい"は上手だけど、ちからを使えてないなの!」


 ……サナの『ちょいちょい』とやらが上手く伝わっていない様だが、ハクエン自身も自分の足りない部分に心当たりがある様だった。


 サナと半年間ずっと一緒に居たお陰で、サナの『ちょいちょい』が指す事を正確に理解していた正巳は、ハクエンに言った。


「ハクエン、サナが言っているのは『"気配"を操作するのは上手いけど、純粋な身体能力を生かし切れていない』って事だ」


 正巳の言葉を聞いて、ハクエンは一瞬ハッとした。


「確かに余力は有りますけど……なんでそれを?」

「動きを見れば分かるなの!」

「あーまあ、一つの動作の後に眼球の反応とか、腕の動きを見ればって事だな」


 サナの言葉を補完する様に説明する。


 すると、ハクエンは『……なるほど?』と首をかしげていた。……まあ、こればかりは常に極限の緊張状態に置かれないと、中々気が付くモノでは無いだろう。


 そんな風に話していると、部屋から出て来たハク爺とデウとテンがこちらに歩いて来た。


 ……途中でハク爺は、周囲の子供に飛びつかれている。


「テン、頑張ったな。それにデウも初めての共同戦にしては、まあ悪くない」


 そう話しかけると、デウがテンに目配せをした。

 

 ……最初に話しかけたのがテンにだったから、テンに最初を譲ったのだろう。初めて会った時、固い所が有るとは思っていたが、結局半年経っても変わらなかった。


「あ、はい! その、蛇を食べたり雨水をすするのは大変でしたけど……でも、一人くらいは守れるようになりましタ」


 少しばかりハク爺の"訓練"の記憶が濃いようだが、どうやら目的意識を持ってきちんと過せていたらしい。


 テンが言う『一人』と言うのは、恐らく半年前に故郷に孤児達を送りに行った、ミンの事を言っているのだろう。


 少し弄ろうとも思ったが、すかさずデウが『熱い事だな』と言って小突いていたので、止めておいた。


 どうやら、テンとデウはこの二、三日で随分と打ち解けていたらしい。

 ……デウの弄り方が、何となく上原先輩っぽいのは気のせいだろう。


「それで、デウは何を得た?」


 ハク爺に対して『手も足も出なかった』と言えばそれ迄だが、重要なのは"得たモノ"だ。それ迄テンを弄っていたデウだったが、正巳が話しかけると、反射的に直立の姿勢を取った。


「ハッ! 『協力して一人に対する時、背を守り合う』と学びました!」


 急に大きな声で言ったデウに対して、周囲の子供を含めた全員がこちらを向いた。

 そんな状況にため息を付くと、言った。


「分かった。それで、ココは別に訓練所キャンプではないし、軍隊でもない。別に礼を取る必要はないからな……って言うか、子供の教育に悪いからやめてくれ」


 正巳がそう言うと、デウが上げそうになった右腕を途中で止め、『ハイ!』と答えた。

 ……何となくそれ以上何かを言う状況では無くなった為、ハク爺へと話を移す事にした。


 その後ハク爺へと歩いて行った正巳だったが……『ナア、正巳さんは怖くないよナ?』と言ったテンに対して、デウが『基本的にはそうなんだが、キレるとヤバいんだ。実は、何度か見た事があってな……』と話しているのが聞こえて来た。


 止めようとも思ったが、(いずれ何処からか漏れるか……)と思い直して諦めた。


 恐らくデウが話しているのは、他の組織に登録している傭兵との"共同作戦"時の話をしているのだろう。その内容であれば、それ程酷くはない筈だ。


 あれは、サナを馬鹿にした相手が悪い筈だし、それに俺の事を『パパちゃん~』と揶揄していた報いを受けただけだからな……あと、一応言っておくと、相手の傭兵派遣組織には『治療費は全額出すし、補充員も要らない。もし文句が有れば全面的に敵対する』と言っておいた。


 ……相手組織からは、特に文句が言われず『これからもよろしく頼む』と言われたので、特に問題ない筈だ。


 それにしても、半年前はテンの方がデウより日本語が出来たと思ったのだが、何時の間にやら習熟度が逆転していたらしい。


 少しだけデウに対しての評価が上がった所で、ハク爺の元へと辿り着いた。

 部屋の中で子供達に囲まれているハク爺に、話しかけようとしたのだが――


「ハクじぃ――ッツ!」


 近づいた瞬間、周囲に居た子供達が一気に離れ、それと同時にハク爺が握っていたククリで切りかかって来た。


 ……子供達の撤収の動きが良すぎたが、恐らくは予めハク爺が言い含めておいたのだろう。サナに関しても、子供達に引きずられて行っている。


 幾ら四人に引っ張られているとは言っても、サナを抑える事は通常不可能な筈だ。

 見ると、一応踏ん張ってはいるものの、サナはされるがままと言った感じだ。


「……サナと同窓の子供か」


 サナを連れて言っているのは、半分がサナと同じく某国から救出した子供だった。髪色が白と灰色の子供だ。その半分は二人の男の子だが、申し訳程度に手を掴んでいる。


 横目でサナの事を確認した後、目の前のハク爺に視線を完全に合わせる。


 後ろでドアが閉まった音がして、ブザーと共に無機質なアナウンスがある。


「刻――300、レベル――8、他――正常値維持」


 アナウンスと共に、地面が所々持ち上がる。


 ……50cm四方のタイルが地面から持ち上がった事で、足場が悪くなっている。どうやら、レベルと言うのは、環境レベルだったらしい。何となく、空気が重い気もするが……まあ余り関係ない・・・・


 地面が持ち上がり始めた直後・・から、切りかかって来ていたハク爺のククリナイフが交差するタイミングで、手に持っていた日本刀を添えた。


『"ギュアンッ!"』


 加わった力と、その衝撃で異音が鳴る。


「ムッツ!」


 想定していない・・・タイミングで交わったせいで、ハク爺の片方の手首がしびれた様だ。……それにしても、ハク爺は以前にもまして力が強くなった気がする。


 一度身を引いたハク爺が言った。


「システムオーナー! レベルを10にしてくれ!」


 ハク爺がそう言うと、再度無機質な声から答えが有ったのだが……


「解――可能ですが、あまりパパ・・に……あまり両者・・に、危険がある手合わせをしてはいけません。怪我をしては――……」


 ……"ホテル"も随分と進んでいるなと思っていたのだが、どうやらそのシステムとは"マム"の事だったらしい。その証拠に『パパ』等と言っている。


 いつの間に『システムオーナー』なんぞになったのやら……。


「大丈夫だマム、やってくれ」


 それ迄色々と文句けいこくを言っていたマムだったが、正巳が口を挟むと『……了解しました、パパ』と素直に応じてくれた。


 不公平が有ってはいけないので、一応『もし俺に有利・・になる様に操作をしたら、マムのご褒美は無しだからな』と言っておいた。


 すると、マムから『絶対に、絶対にしませんっ!!』と返事があった。


 そんなやり取りをしていると、ハク爺が『全く"規格外"とかじゃなく"人外"よの……』等と言っていた。しかしそれ迄数か月の間、傭兵の世界に身を置いていた正巳は、ハク爺が他の傭兵からどんな呼ばれ方をしているかを知っている。


「さて、それじゃあ一本先取で……じい――いや、最近は"子供狂い"だったっけ?」


 正巳がそんな事を呟くと、爺は一瞬恥ずかしそうに俯いたが、直ぐに顔を上げた。


 当然、その"隙"を見逃すはずが無い正巳は、地面を思いっきり蹴ると、飛び出した。正巳が地面を蹴り出した勢いは凄まじく、少し持ち上がっていたタイルが凹んだ。


 タイルが凹んだだけではない。

 当然、その勢いは直進の速度にも反映されている。


 この動きは、足の筋が切れる寸前まで力を込める事で、再現可能だ。そもそもこの技を考えたのは、サナが"縮地"を身に着けた後だった。


 何となく、サナがカッコいいと思ったのだ。

 しかし、結局縮地自体は身に付けることは出来なかった。


 可能だったのは、力いっぱいジャンプする事。

 しかし、これは狭い空間や踏ん張る先が無い場所では使えない。

 対してこの"部屋"は、使用条件に当てはまっていた。


 ……コンマ数秒の内に、ハク爺との距離が縮まる。

 そして、いよいよ"範囲"に入ろうかと言う瞬間、ハク爺が反応した。


「うおっ――」


 一瞬で決着を付けようと思っていたのだが、ハク爺の反応が良すぎた。


 ……アレは考えて動いたというより、反射した・・・・と言った方が良いかも知れない。それこそ、脳みそで考えてたら反応出来ない筈だ。


 一瞬でのけ反るようにして避けたハク爺だったが、その直後通り過ぎた剣圧に背筋がピンと伸びているのが見えた。


 ……その顔色も、何処か青白くなっている。


 そんな事を確認していたら、反対側の壁が迫っていた。


 空中で宙返りをし、足でアクリルの壁を蹴る。

 ――感触は、防弾性のそれに似ている。


 中途半端に力を入れても真下に落ちるだけなので、先程地面を蹴ったのと同じ位――足の筋が持つ寸前まで力を込めた。すると――


『"バシッツ!"』


 何かが砕ける様な感触がした。

 しかし、その甲斐があり空中での"ターン"が出来た。


 狙うは、ハク爺だが……


 ハク爺は、隆起した床のタイルの裏に居た。

 飛び出す際、その"気配"に目がけて飛び出した。


 その為、このままでは隆起している床のタイルに衝突する事になる。

 ――ハク爺は恐らくこれを狙ったのだろう。


 が、先程の足の感触……


(恐らく大丈夫)


 心の中で呟くと、手に握っていた刀を捨てた。

 そして、右の腕を意識して"強化"する。


 ――これは、俺が子供の姿から戻る感覚を掴んだ際、応用できないか色々と試した結果得た"肉体強化"の技だ。普段は使う事は無いが、いざと言う時に使えるよう、いつも訓練している。


 右の拳から肘までが硬質化したのを感じたのと同時に、振り切っていた拳が床からせり上がったタイルに激突した。


『"ズッガアァァァアンッツ!"』


 普通のレンガや岩を殴るのと、比べ物にならない衝撃が走った。

 そして、その衝撃と同時に、その"壁"であったタイルが吹き飛んだ。


 そして、吹き飛んだのはタイルばかりでは無かった。

 後ろに身を隠していたハク爺が、その破片に貫かれる形で吹き飛んだのだ。


「ガハッ!」


 飛び散った破片は、一部を除いてその後部のアクリル面に激突した。

 ……小さな破片が、アクリルの壁に突き刺さっている。


「ハク爺っ!」


 慌てて、倒れたハク爺へと駆け寄った。

 ……ジワリと、手の平に赤い血が染みて来る。


 その様子を見て、一刻の猶予も無いと判断する。

 両腕に力を込め、ハク爺の着物の前を裂いた。


 すると、その体が見える。


 ……鍛え抜かれた胸筋と、腹部は疎か脇腹にかけて迄綺麗に割れた腹筋。

 流石に、普段から筋トレを欠かしていないだけある。


 ――が、問題の筈の傷跡は何処に……


「っつ、まさか!」


 慌てて離れようとしたのだが、遅かった。


「チェック……メイトじゃの」


 そこには、片目を開けてニヤリとしている爺がいた。


 ……衝撃を受けた瞬間、或いは直後に"治療薬"を飲んだか、若しくは別の理由で上手く衝撃をいなして、血のりを使って油断させたのか……


 何にせよ、正巳の首元にはハク爺の獲物であるククリナイフが、突き付けられていた。


 殺し合いであれば別だが、これは模擬戦だ。


「ああ、俺の負けだよ。ハク爺……」


 そう言って手を上げると、ハク爺はそれ迄忘れていたとでも言うかの様に、息を大きく数回付いていた。それにしても、本当に若い時よりも逞しくなったんじゃないだろうか、裂けた衣服から覗いている腹部は綺麗に筋肉が盛り上がっている。


 "裂け"ているという事は、少なくとも破片は体に損傷を与えた筈なのだが……一応ハク爺に『治療薬はどのタイミングで飲んだ?』と聞いたが、『ん? なんの事じゃ?』と答えており、どうやら本当に心当たりが無いようだった。


 と言う事は小さく見積もっても、『かすり傷を"自己治癒"した』と言う事になる。


 少しばかり、ハク爺が人間か疑いたくなって来たが、詳しく話を聞こうとした所でブザーが鳴った。そしてブザーと共に扉が開くと、子供達が『わぁー!』っと入って来た。


 子供達は俺とハク爺を取り囲むと、次々と質問し始めた――……




 ――こうして、正巳とハク爺の『死戦』が終わった。これは比喩では無く、正巳に対していたのがハク爺以外の別の誰かだったら、この場で死人が出ていた。


 その結末を見ていたマムは『演算によるこのパターンの予測値は"0.12%"でしたが……サカマキの治癒能力が向上していて良かったです』とホッとしていた。


 マムにとっても、サカマキは"内側の人間"へと成りつつあった。





 子供達に囲まれている正巳とハク爺を前にして、一人の男(半年前に正巳の世話係として同伴していた)は、その全身に鳥肌が立っているのに気が付いた。


 目の前に起きていた"模擬戦闘"――"模擬"なのか疑わしい――が、凡そ人間のする組手の域を超えていたのもあるが、男のすぐ近くに落ちている破片を見たからだった。


 その破片には、数滴の血液が含まれていた。

 男は、その血液が破片に付いている理由を知っている。


 ……その破片は、目の前で子供達と戯れる白髪の老人の背中・・を突き抜け、アクリル壁の下部へと衝突した。


 つまり、"破片は男の体を突き抜けていた"のである。


 周囲に悟られぬように、僅かに体を屈めると、その破片を手の平に納めた。


 そして、男は周囲に悟られない様に、そっとその場を後にした。


 その一部始終を見ていた人は誰一人としていなかった。


 ――そう、"ヒト"いなかった。





 床の"形状変化システム"は、施設の基礎部分に接触していた。


 正巳がインパクトした瞬間、地上のホテル全体が僅かに揺れたが、その原因がまさか人為的なモノだと思い至る者は居なかった。


 しかし、予定よりも数刻遅れて到着していた今井と上原の二人は、車を出た直後に感じた振動から、何となくその脳裏に一人の"共通の友人"を思い浮かべていた。


 そして、お互いに顔を合わせたが『まさかね』と呟き合うと、先を急ぐ事にした。


 向かったのは、半年前"決意の食卓"を共にした場所。


 通称"ライト・ホール"だった。

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