第129話 正巳と龍児

 伍一会の本部を出発して約40分後、目的地に到着していた。


「……着いたか」


 外を確認すると、そこは長い外塀の続く邸宅の前だった。

 邸宅の門は閉じている。


「綾香、頼めるか?」

「はい、お待ち下さい……お兄様」


 一瞬、デューとバロムの二人が『おぉ! お兄様だってよ!』と弄って来たが、瞬時にザイの視線が向けられ、黙り込んでいる。優秀は優秀なのだが、傭兵のノリが抜け切っていないらしい。


 まあ、二人がいる事で場の空気が抜けるので、助かると言ったらそうなのだが……


 綾香が『分かりました』と車から降りる。


 ――夜中と言う事もあり、綾香の仲介無しに敷地内に入るのは少々不躾だと判断したのだ。まあ、『この真夜中に訪問するのを不躾でないのか』と言われると何も言えないが、緊急事態と言う事で大目に見て貰うしかない――


 そんな綾香の後を追って、出て行くものが居た。


「お嬢様、私もお供します」


 ――ユミルだ。


 一応、こちらにも視線を送って来る。……やっと、視線を合わせてくれたかと思ったら、事務的な確認の為と言うのは少々寂しいものがある。


「ああ、そうだな」


 安全だと思われる場所でも、気を抜くのは良くないだろう。

 その点、ユミルは"護衛"としての仕事をきっちり果たすつもりらしい。


 伍一会と対立しているとされる弘瀬組だが、その内部に内通者や裏切り者が居ても何ら可笑しくはない。それこそ、マムの様な存在が居れば別だろうが、そんな事はあり得ないのだ。


 ユミルは、軽くお辞儀をして綾香の後に付いて行った。


 ……そのまま見ていると、門の前で綾香が何やら合図をしていた。合図を受けてかどうかは分からないが、門の横の小さなドアが開いた。


 その後、ザイが『念の為』と言ってデューと二人で車両から出ようとしたので、岩斉も連れて出るように頼んだ。


 一応の保険であるが、使う事が無い事を願いたい。


 その後、二人が岩斉を連れ、後方で待機をしたのを確認して、綾香が戻るのを待った。『保険』とは言っても、何かあった際はマムが伝えて来る筈だ。


 その"報告"は今の所ない。


 ――5分後。


 門が音を立てて開き始めた。

 門が開き始めたタイミングで、車両も動き出した。


 ……判断はマムに任せているが、直ぐに車両を動かし始めた事から、門の中で敵が待ち伏せしている等と言う事は無さそうだ。


「ん……おにいちゃ?」


 車両が動き出した振動で、サナが目を覚ました。


「サナ、これから移動するから、二人を運ぶのを手伝ってくれるか?」


 目を擦りながら、サナが答える。


「……分かったなの」


 そんなサナの頭を撫でながら、バロムにも『少年を頼む』と言っておいた。


『パパ、着きました……一応内部は監視済みですが、ヤモ吉を使っておいてください』


 マムに『分かった』と返すと、開いたドアから外へ出た。




 ――――


 ――正巳達は、綾香の案内で邸宅の奥まで来ていた。どういう事か、ユミルは綾香と共にいなかったが、マムから何の注意も無い事から、問題無いのだろう。


 一応、マムから言われた通りに、途中でリング状のヤモ吉を放っておいた。


 ……後ろに二人監視であろう組員が付いていたが、靴を脱ぐ際に解放した。久し振りに、家の中で靴を脱ぐという習慣を体感し、改めて日本は平和だなと思った。


 これが海外であれば、何時襲撃を受けても対処出来るようにしておく。そもそもが、拠点となる場所で、靴を脱いで寛ぐと云う事はあり得ないのだ。


 ……訓練の一環で訪れたある地域では、駐留している軍隊をゲリラ的に住民が襲って来る。と言う場所さえあった。そんな事、この日本では無いだろう。


 ――綾香があるふすまの前で立ち止まった。


「お父様、お連れしました」


 綾香が、襖の前に膝を付いて話しかけると、中から答えがあった。


「お通ししろ」


 中々渋い声だ。


「はい……お兄様、中へ」

「ああ」


 綾香が開いてくれた襖から、中へと入った。

 ……中に入ると、右手にユミルが座っていた。


 ユミルに視線を向け、中に入る。

 ――ユミルに不自然な点はない。


 しかし、部屋内から"興味"の気配を感じる。


「おにいちゃ?」

「いや、何でもない……」


 少女を抱えて来たサナが、不思議そうにこちらを見上げて来たが、"気配"自体が特に悪意を感じるものでは無かったので、様子見をする事にした。


「……失礼する」


 正巳が、正面に座る人物に断ると、頷いて来た。


「ああ、寛いでくれ」


 男の言葉を聞いて腰を下ろすと、マムが右後ろに、バロムが左後ろに座った。

 部屋の中に一同が座った所で、綾香が入って来る。


「……失礼します」


 そのまま左から通り過ぎると、正巳の左前、ユミルと顔を合わせる形で座った。

 正面に男、右前にユミル、左前に綾香、右後ろにサナ、左後ろにバロムである。


 ……ユミルと綾香は、正巳と男の間に、向き合う様にして座っている。


「それで、綾香が紹介したいと云うのは……そのか?」


 『男』と言ったタイミングで、正面の男の気配が一気に膨れ上がった。

 ――これは、『威圧プレッシャー』だろうが……流石に組織の上に立つ者は違う。


「はい――」

「神楽正巳……いえ、神崎正巳と言えば聞いた事があるでしょうか?」


 恐らく、綾香は穏便に紹介をしようとしたのだろうが、正巳は試す必要があった。

 ――案の定、正巳の言葉を聞いた男は、神崎・・と言う名に反応した。


「なにぃ? 神崎と言うと、放火殺人の犯人とされ、大使館襲撃事件でも関わっているとされている者の事か?」


 そう、今"神崎"と言う名には、その様な社会的認識がある。


 既に半年以上前の事件にも拘らず、一向に犯人が捕まらない事。それに加えて、その犯行が大使館と言う、下手をしたら外交問題に成り兼ねない事件の"犯人"なのだ。


 まあ、当然その実際は全くの濡れ衣なのだが、それを知っているのは極一部だ。

 ……それこそ、この場でそれを知っている人間は、俺とサナの二人のみなのだ。


 何となく、ユミルの方へと視線を向けると、目を閉じているのが見えた。


 正面を向き直すと、男の目を見て答えた。


「……一般的には、その様な認識で間違いはありません」

「ほぅ……話を聞こうか?」


 そう言って、一段上がった場所に居た男が降りて来た。

 ……存外、話が通じる男らしい。


「ええ、その話も有るのですが――その前に話しておく事があります」


 この場には、バロムやその他・・・の者が居る。不要な情報を所持している事で、不要な重荷を負う事になっては面白くないだろう。


 先に、この場に居る全員に関係している事を、済ませる事にした。

 ……ザイとデューを、外に待たせっ放しにしておくのも悪いだろう。


「……綾香、良いな?」

「はい、お兄様」


 正巳が、『綾香』と話しかけて綾香が、『お兄様』と答えたのを見ていた男は、何やら困った様子で『俺にいつ息子が出来たんだ?』と呟いていた。


 そんな男に、改めて自己紹介をした。


「始めまして、国岡正巳と申します。手前のユミル・・・とは、一度仕事で一緒しました。今回は、娘さんと貴方の組に関する"事情"に割り入った、報告をしに来ました」


 正巳が言い終えると、男は少し考えた上で言い放った。


「ゲン以外は下がれ!」


 すると、それ迄あった"気配"の大半が消え、残ったのは中でも強かった一つの気配のみだった。恐らくだが、『ゲン』と呼ばれている男が、一番腕が立つのだろう。


 男の後ろにある"掛け軸"が横に動き、後ろから一人の男が出て来た。その装束を黒に統一しており、着ているのも黒い布の服だ。


 ……"忍者"みたいだ。


「……ここに」

「して、ゲン……どうだ?」


 なんの意味を含んだ問いかけか分かり兼ねたが、問いの直後に襲って来た気配で察しがついた。……その"気配"は、殺気を帯びていた。


 ――不味い。


「サナ!!」


 ――咄嗟に声を張った。


 サナは既に、正面の男の脇に移動している。


 ……縮地と言われる技で、座った状態からするのは困難なのだが、サナはそれを可能としている。問題なのは、縮地では無い。


 サナの右手がナイフを握り、その刃を正面の男の喉元に添えている点と、反対の手が銃を握り、その照準を殺気を放った本人に合わせている事だ。


「……あぶねぇ」


 危うく、綾香の父親を傷つけ、その護衛を瀕死に陥らせる処だった。


 一応、一番効能が強い治療薬が残っている。いざと言う時には如何にかなるだろうが、この薬は既に使い道を考えているのだ。


 ……正巳が冷や汗をかいた所で、マムから『あの、パパ……報告が』と通信があった。


「話せ」


 正巳がそう言うと、恐らく『放せ』と勘違いしたのであろうサナが、渋々ナイフと銃を仕舞って戻って来た。……どうやら本人も、そういう事・・・・・じゃないと気が付いたらしかった。


 ともかく、マムからも報告があった。


『先程放った"ヤモ吉"からの通信が途絶えました』


 マムの通信に疑問を抱いた正巳は、肩に付けてあった仮面を顔に付けた。


 ……何やら、周囲が騒がしくなったが、それ処ではない。


 仮面を付けた所で、マムが『通信が取れていた時点までの映像です』と、その映像を送って来た。……全ての映像を確認する。


 すると、共通点があった。


 内心、(面倒な事になった)と思いながら仮面を取ると、そこには静まり返った空気があった。――この感覚は、突入を開始する前の緊張感に似ている。


「……どうした?」


 何故、そんな空気になっているか分からず、誰ともなく聞いてみると……正巳の左後ろで、少年と少女を庇う様にして立っていた、バロムが口を開いた。


「『どう』って……リーダーが殲滅の仮面を付けるから……」


 そう言って、ため息を付いている。


「え? いや、通信来たから……」


 そう言った所で、何となくアンモニアの匂いがして来た。

 その匂いがした方を見ると、やはりバロムがいた。


「……お前――」


 バロムにソレ・・を指摘しようとした所で、バロムが慌てて否定した。


「ち、違います……その、ね?」


 そう言われて、その後ろに少年少女が庇われている事を、思い出した。

 ……そういう事か。


「なあ、こんな状況で頼むのは悪いんだが……着替えって有るか?」


 正巳が、心底申し訳なさそうに言った処で、緊張の糸が切れたのであろう面々がようやく反応した。


「あ、あぁそうだな。……ゲン、世話係のハナさんを呼んでくれ……」

「承知しました……」





 静かに戻って行ったゲンだったが、暫く進んだところで、それ迄細胞が活動を止めていたかのように溢れて来る冷や汗を、両手で拭っていた。


「……世の中には、"化物"が居るんだな……アレ・・クラスがこんなに集まってるとか……冗談じゃねぇよ……」


 そうぼやきながら、その老兵は脳裏に1人の男を思い浮かべていた。


 その男は、かつて戦場で一緒に戦った事もある傭兵で、ゲンが唯一『敵対したら仕事を放棄する』と決めていた人物だった。


 男には、"一流"が持つと言われている二つ名があった。


「……こりゃあ、『サカマキ』以来だな……」


 当然、ゲンは正巳達がその"サカマキ"本人と知り合い等とは思っても居なかったが、頭の片隅に、『もしかしたら……』と否定したい推測を並べていたのだった。

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