第123話 高度一万メートル

 正巳達が降下していた頃、その上空には一機の飛行機と、その収容可能量の割には少なすぎる乗組員がいた。


 二人は大人の男性であり、20人余りは衰弱した様子の子供達。そして、その子供達の中心には、白いモフモフとした猫がいた。





 正巳達が降下した後、再びアラームと共に後部ハッチが閉じた。


 その姿を最後まで見送っていたガウスは、敬礼を解いた。


 そして、到着後の準備をする為に振り向く。


 ……そこには20余名の子供達と、その子供達の様子を確認して回るデウの姿が有った。


 施設の制圧に回っていた筈のデウだったが、ガウス達の救出した子供達と合流した後は、ずっとこの調子だった。


 ……子供の面倒を見る癖が染み付いているのか、単にそういう役割なのか。


 何方にしても、子供が好きなのは間違いないだろう。

 デウの、子供に対する接し方を見れば、それが分かる。


 少しの間、デウと子供達の様子を見ていると、視線それに気が付いたデウが話しかけて来た。


「あ、どうも。あにい――じゃなくて、リーダー行きました?」


 デウは、正巳の事を『兄い』と呼んで慕っている。


 正巳の他に、もう一人"兄"のような存在がいるらしい。が、そちらは何方かと言えば、兄弟でも"双子の兄"のような存在らしい。


「ええ、それにしても……何者なんでしょうか?」


 色々な意味を含ませた言葉だったが、その問いに対してデウは苦笑した。


「まあ、色々と可笑しいですからね……ガウスさんが2か月間見て来た、そのままですよ」


「"そのまま"ですか……」


 呟きながら、(一緒に居ればいるほど、底が分からなくなって来るんだよな)と考えていた。……それこそ、今も普通じゃない・・・・・・


 "今も"と言うのは、"空を飛んでいる今も"と言う事だ。


 そもそも、"全翼機"を飛ばしていること自体異常事態だ。

 コントロールが難しい機体故に、操縦士の育成が難しいのだ。


 ……確認はしていないが、操縦士の顔も見た事が無い。


 まあ、微妙なコントロール自体は機械で行えば良いが、その機械を開発するには数百、数千億円規模の費用がかかる。


 ――いや、現状で実用化できていない国が多い事から、幾ら金を掛けたからと言って、実現できるような部類では無いかも知れない。


 それに、今居るのが"日本国上空"と言うのも普通じゃない。


 ……飛ばすだけであれば問題ない。


 この機体の特性上、ある程度注意をすればステルス性も高いだろう。


 しかし、幾ら何でも"国土上空"を発見されずに飛行できる訳がない。


 更に、この地域には米軍基地がある。


 国防及び基地防衛の関係上、最新の探知機レーダーが配備されている。


 普通であれば、緊急発進スクランブルして来た戦闘機に囲まれ、領空侵犯として処されるのが普通だろう。


 しかし、一向にその気配が無い。


 先ほどの作戦会議ミーティングの中で、『既に空港とホテルには連絡を入れている』と言っていた。


 確かに、一般機でも空港は使用できる。

 ただ、そんなに簡単には行かないだろう。


 ……少なくとも、『あ、電話しといた~』のようなノリでは無いはずだ。


 それだけではない。


 作戦会議ミーティング内で、『高速移動用の車両を二、三台ホテルから持って来て下さい』と言われた。


 ……それだけであれば、まだ良い。


 問題なのは、『明日0300時までにお願いします』と言う内容だ。


 『0300時』つまり、朝3時と言うと、今から約4時間後だ。


 当然、『それは難しいかと……』と答えようとしたのだが、上司であるザイが『承知しました』と先に答えてしまった。


 これは感であるが、ここからどうするかで、自分の将来が決まる気がする。


 ……この飛行機は、元々戦略級輸送機だ。

 当然、中に大型車両を積む事も出来る。


 しかし、仮にそれが出来たとしても、再び戻って来た時にこちらの空港に着陸しなくてはならない。……この国で数年のキャリアが有れば、そのようなコネが用意できているかも知れない。


 が、現状でその様な力はない。


(……何とかしなくてはいけない)


 色々と考え始めたガウスだったが、この時点のガウスは、正巳の非常識・・・な仲間の存在を、まだほんの一部しか知らない等とは知りもしなかった。



 ――


 悩み始めたそんなガウスを、(出口のない迷路に入ったな……)と、少し気の毒そうに見ていたデウだった。


 しかし、直ぐにボス吉の声がしたので、そちらに顔を向けた。


 ボス吉の視線の先には、膝を少し曲げながらも、必死に踏ん張っている子供がいた。


 見ると、片方の膝からは血が出ており、もう片方の膝は変形している。


 ……同じような事が、これまでも何度かあった。


 子供達は、不安なのだ。


 初めは、自分達が何をされるかの不安がある。しかし、その不安が払拭ふっしょくされた後に来るのは、捨てられる不安だ。


 恐らく、改善するであろう環境。

 その環境から、自分だけが捨てられてしまう不安。


 これは時間を掛けて、態度で示して行くしかない。


 ……恐らく、子供達が言う事をよく聞くのも、この不安が有るからだろう。


 そんな、不安の影を纏っている子供達を見ていたが、ふと(自分も同じだったな)と思い出した。上原や今井と出合い、正巳と出合った時……


 あの時は、心の何処かで"役に立たなかったら捨てられる"と思っていた。


 正巳は何やら勘違いしていたみたいだったので、『上司に復讐をする!』等と言ったが……その根底には、"捨てられたくない"と言う思いがあった。


 不安が付きまとっていた。


 しかし、正巳は常にこちらを気にしてくれた。


 ――いつも寄り添ってくれた。


 正巳の心配や気遣い、それが分かった。


 ――いつの間にか不安が無くなっていた。


 不安が無くなった事に気が付いた時、正巳も何処か嬉しそうな表情を浮かべていた気がする。その表情は、恐らく"勘違い"を含んだモノであったが、とても尊いものだった。


 そんな事を懐かしく思い出しながら、子供に声を掛けた。


 ――その子供は、デウが分かる言葉を話す事が出来た。


 そこで『心配ないよ』と言ってから抱き上げると、簡易ベッドの上に寝かせ、消毒をし始めた。


 子供の膝の処置が終わったタイミングで、再びアラームが鳴った。


 ――このアラームは、着陸態勢に入る際に鳴るアラームだ。


 デウは、アラームの音を聞きながら、懐かしい顔を思い浮かべていた。


「……カズ兄」


 本人に『カズ兄』などと話しかけた事は無い。


 しかし半年経ってみて、"上原和一"の心配りに気付かされた。


 ……何となく、心の中で『兄』と、呼びたくなっていたのだ。


 そんな事を考えていたら、徐々に機体の高度が下がり始めたので、興奮で温まって来た頭を冷ましながら、子供達に集まるように話しかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る