第101話 支度 [拠点]
正巳が『家を探しましょう』と言うと、先輩が口を開いた。
「全部で820……大人を入れると826名か」
「うん、相当な数だね。全員が引っ越すとなると、複数の家を借りるか、一つの大きな施設を借りるか……いっその事、山をくり抜いて基地を造ってしまうのも有りだね!」
……今井さんが、キラキラした目でこちらを見て来る。
「まあ、『借りる』のは不安が残るので、『買う』事になると思います。複数の家を借りるのは、リスクが大きいので選択できませんね。確かに、秘密基地みたいにするのはロマンが有りますが――」
『ロマンが有りますが、現状では選択できません』と言い切る前に、先輩が言った。
「ああ、時間が掛かり過ぎるのか」
実際の工期を計算したであろう先輩に、頷く。
「そうですね。現状を考えると、外部のサービスを利用するしかないと思いますので、大掛かりな工事は難しいですね。それこそ、基礎工事から全て自前で造れるようにならないと……」
俺がそう言うと、先輩が頭を捻り始めた。
「……先輩?」
「あぁ、いや……聞いても良いのか分からなかったんだが、金は何処から出てるんだ? その……このホテルにしても相当高いんだろ?」
先輩が不安そうにして、自分の部屋の内装を見渡している。……体の大きな先輩が不安げにしているのを見ると、本人には悪いが少し可愛く見えて来る。
「それはですね――」
「あ、もしかして、さっき話していた岡本部長の資産を使うのか?」
……いや、そうじゃないのだが。
「……そう言えば、岡本部長の資産はどうなった?」
マムに尋ねる。
「はい、岡本
現在、国内で一番の金持ちが1兆5千~6千億円の財を持っていると言われている。
それと比較しても、それ程遜色ない資産を保有していたらしい。
「その内で、現金化できるのは?」
「はい。即時可能なのは、2千億円程です。一カ月程度かければ、もう1千億円程現金化できます。残りに関しては、もう少しかかりますが……実行しましょうか?」
『パパ?』と言って、聞いて来るマムに『ちょっと待っててくれ』と言ってから、先輩の方を向いた。……先輩は『えっと、今期の決算が部門毎平均で4000億円だったから……? あれ? えっと、新築住宅の平均価格が……』等と呟いている。
……どうやら、金額感を掴むために思考を回している様だ。
そんな先輩に視線を向けながら、声を掛けた。
「まあ、こんな感じで問題ないみたいです」
「……あ、あぁ分かった」
……ここで、俺の資産に関して明かしても良かったのだが、ウン兆円とか聞いても現実味が無いだろう。だから、今はこれで良い気がした。
まあ、先輩も金額感を直ぐにつかむだろう。何せ、会社では経理を担当していたのだ。俺などよりもよっぽど正確に、現状を把握するだろう。
……因みに、俺は未だに金銭的感覚が無い。
ともあれ、岡本部長の資産に関しては『使って行く』と云うのが俺の意見だった。
今井さんにしても、岡本部長の資産に関しては思う所が有ったらしい。
「そうだね、あいつは役員会でもかなり幅を利かせていたから、それ位の資産が有っても可笑しくは無いだろうね。僕は研究に使っていたけど……それに、9000億円というのは、合法でない部分の収入だろうし、パ~っと使っちゃおう!」
「マスターの言う通りです! どうやら、道尊寺の資金源の一つが岡本康夫の様ですし、ここは早めに処分をしてしまった方が良いかと思います!」
……ほう、それなら。
「であれば、資金に関しては岡本部長の資産を回しましょう。子供達を使って得た利益で、子供達の住む住居を用意するんですから、良いでしょう」
そう言って、先輩の方を見る。
すると、笑顔で答えて来た。
「ああ、そうだな。何となく金額感は掴んだ」
「……それじゃあ、先輩には交渉と契約周りを頼めますか?」
先輩は、会計を担当していた。
その分、適切に処理されているかの計算は勿論、法務部分の確認も行っていたのだ。
普通は、契約周りは別部署に任せるのだが、先輩は『ダブルチェックは必須だ』と言って、自分の担当する交渉時の資料や契約書、覚書に至るまで全てを網羅していた。
……営業として、先輩の研修を受けた際に、身を持って体験している。
……(先輩は鬼だ)
"鬼"は兎も角、単純な会計作業はマムに一任出来る。
先輩には、より力を発揮する部分を、お願いするのが良いだろう。
それで、先輩には『交渉と契約周り』を頼んだのだが……
「ああ、良いぞ。単純作業じゃない分
「……一応、マムのサポートを付けますので、無理はしないで下さいね」
先輩のやる気満々な様子が、周りの子供達に影響しないか心配では有ったが……まあ、ナマケモノが手本となるよりは良いだろう。
「ああ、任せてくれ! それで、どうするんだ?」
『新居が必要なんだろう?』と言う先輩に頷きながら、改めて考えてみた。
『約830名が住む』『プライベート空間』『運動できる広さ』『安全な住居』『建設にそれ程掛からない』『拡張性がある』……押さえておく必要が有るのはこの辺りだろう。
『そうだな……』と考えていたのだが、不意にマムが手を引いて来た。
「パパ……」
「どうした?」
マムが、やる気に満ちた顔をしている。
「今あるマムの
「……以前注文したものは――」
「全て使い切りました! ……その、プリンターと試作技術を増産していたのです」
確か、耳に挟んだ報告だと、資材に20数億円使った筈だが。
「まあ、良いだろう。許可する。……必要なだけ使うと良い」
そう言うと、マムが飛び跳ねて喜んでいた。……今井さんも一緒に、ハイタッチして喜んでいたのは見なかった事にしておく。
そもそもが、マムが増やした"資金"なのだ。
少し位、好きにさせてやっても良いだろう。
"少し"がどの程度か悩む部分では有るが……
今はそんな事よりも、優先すべき事が有る。
「俺としては、"高層マンション"か"田舎の廃村"が良いと思うんですけど」
そう言うと、今井さんと先輩が反応した。
「そうだな、確かに800名以上を収容できるとしたら、一つの住居では無くて集合住宅が良いだろうな。対して、廃村となると、村の四方にセキュリティを置く必要があると思うぞ?」
「上原君の言うように、僕も集合住宅が良いと思うな。個人的には、山をくり抜いて基地にしたり、地中に基地を造ったりしたいんだけどね!」
二人共意見が一致したようだ。
……半ば誘導のようなモノなのだが、意見が割れずに良かった。
人間は、二択で迫られた時、両者を比べてより良いと感じる方を選択する。
……これも先輩に研修で教わった事だ。
『営業時は、必ずプランを複数用意する事。最初に提案するのは、通常される様な提案。次に提案するのは、より改善された提案だ。……一見手間が二倍に見えるかも知れないが、結果的に手間も結果も出る。……まあ、営業の基本だな』
そう言っていた先輩は、今こうして"二択の罠"に掛かった訳だが……俺の顔を見て、ニヤっと笑っている。まあ、より優秀な人間が集まると、逆に利用されるのだが……
「それで、正巳が提案したんだ。何か案が有るんだろ?」
先輩が『勿論、だよな?』と圧を掛けて来る。
……良い性格をしている。
「全く……研修を思い出しますよ」
「ははっ、懐かしいな」
先輩とそんなやり取りをしていたのだが……
「はいはい、イチャイチャしないでくれよ! もうっ!」
今井さんが割って入って来た。……今井さんが知らない話で盛り上がるのは、少しデリカシーに欠けていたかも知れない。
「すみませんでした。……勿論、今井さんに
そう言って、今井さんを覗き込んだのだが、どうやら知らないふりをする事にしたらしい。……マムの"関節可動域"を確認する振り、をしている。
そんな今井さんを見ながら、ため息を付いた。
そんな俺を不憫に思ったのか、先輩が慰めるように声を掛けて来た。
「正巳も色々あったんだな」
……『研修のトラウマは、
――
目の前のパネルには、マムの集めて来た物件の情報が並んでいた。
「やっぱり、盗聴とか盗撮とか、セキュリティ面を考えると新築物件が良いですよね?」
『どう思います?』と話を振ると、今井さんが答えた。
「いや、それは問題ないんだ。実は、電磁パルスを照射する機械を作っていてね……完成すれば、対象にした電子機器の回路を焼き切れる」
『この機械で、盗聴器類は一網打尽さ!』と言って、腕を組んでいる。
「……それって、マムは大丈夫なんですか? マムにとって致命的な武器だと思うんですが……」
マムは、世界中のシステムにバックアップを持っている。しかし、その場の機械を全て壊してしまえば、実質的にマムはそこに存在していられない。
「うん。それについては、この
「そうですか……まあ、この中に居るマムが大丈夫なら大丈夫ですね」
そう言って、マムの頭を撫でた。
「はい、パパ! 今はこの
そう言って、マムが嬉しそうに頬を寄せて来る。
……頬擦りは、恥ずかしいので今はしない。
「それなら、中古の物件も選択肢に入りますが……今井さん、実験しますよね?」
「そうだね!」
「それって、設備を用意するのに工事したりしますよね?」
「うん? そうだね!」
……そうすると、既存の住民が住んでいる物件は、選択から外す必要がある。
「……先輩、選択肢として選べる物件は有りますか?」
俺が今井さんと話している間も、ずっと情報に目を通していた先輩が、首を振った。
「いや、ダメだな。新築にしても、管理人が居るし、そもそも建売だとしても勝手に間取りを変えたり、大規模な工事をするのはダメだろう。それに、800人以上の子供が入居するとなると、契約時に情報が洩れるリスクが有るな」
まあ、そうだな。
「中古も新築もダメとなると……」
一通り思い巡らしてみて、一つだけ思いつく事が有った。
「「建設中の物件」だな!」
先輩も同じ結論に至ったらしい。
「今井さんはどう思いますか?」
「うん。僕もそれが良いと思うよ……その場合、多少手を加えられるしね」
今井さんにも賛同を貰ったのだが、何やら『6ヶ月あれば、地下も構造にも手を付けられるね……それに、間に不審者排除システムと、非常時の移動システムを……』と呟いているのが聞こえた。
流石に、あの"落とし穴出口"を常用にするのは止めて欲しいが、それでも安全面では頼りになるだろう。……うん。
「それじゃあマム、現在建設中の物件情報を出してくれ」
そう言った俺に『はい、パパ!』と答えたマムは、数秒後に"建設予定の集合住宅"の情報を集めて来ていた。その殆どが、未だ表には出ていないであろう情報ばかりだった。
恐らく、マムの方でも凡その足切りをしているのだろう。まあ、そうは言っても、候補となる物件は10以上有ったのだが……
それらの物件情報を確認して行く中で、これ以上ないほど条件に合う物件が有った。
ただ、周囲には駅や空港、大型ショッピングモールなどが無く、その影響か"完成予定日"を大幅に過ぎている物件だった。……どうやったら、こんな過疎地域に『大規模な集合住宅を建設しよう』と云う話になるのか分からない。
「……ここしか有りませんね」
「そうだね」
「ああ」
三人で、その"物件のなりそこない"を次の拠点にする事に決めた。
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