第67話 孤児院 [衝動]


――

 山を登り始めてから約3時間後、目的地点に着いていた。途中までは、暗闇の中歩きにくかったのだが、慣れて来ると月の光で十分な明るさを確保できるようになっていた。


「こちらベータ、展開地点ポイントに到着、どうぞ」


 無線で『状況、送れ』と言ったユミルの通信に対しての、リョウの答えだ。


 ……ユミルが頷いて来たので、無線機を持ち、回線を開く。


「把握した。それでは、施設制圧後中央ホールで落ち合おう」


 中央ホールとは、施設内に入ると正面に存在する大ホールだ。予め施設図面を入手していた為、施設内のマップは一通り把握済みだ。


「了解……幸運を」


 通信が切れた。


「さて……」


 改めて、目の前にある施設を見る。


 正面から見ると学校のようで、側面から見ると病院のようにも見える。そして、特徴的なのは施設周辺を鉄線で囲い、その内側には2メートル程の高さのコンクリート塀がある。鉄線からコンクリート塀の間は、全く草が生えていない。恐らく、除草剤なんかを撒いているのだろう。


 忘れてはいけないのは、見張り塔だ。


 この見張り塔は、鉄線で囲われた内側にある。塔自体がコンクリート塀と一体化していて、施設を囲うように4か所に存在している。


 そして、その見張り塔の監視窓があるのは、施設に向けてのみ。もしかしなくても、施設内からの脱走を監視する為の、監視塔だろう。


 ……これらの情報は全て、マムが得た情報だが、月の光の下確認できる部分は全て情報通りだ。しかし、こうして実際に見ると改めて、こんな山頂付近によくこれだけ広大な土地を整地したなと感心させられる。


 ……その資金を、子供達を売った金で得ていたとなると、到底許せる事ではないが。


やり切りましょうか?」


 ジュウが、背中のバッグからワイヤーカットを取り出す。


「やってくれ」


 俺の言葉で、鉄線が切断される。

 鉄線には鉄の棘があり、下手に障ると怪我をする。


「……結構危ないな」


 俺の言葉に頷いたジュウが、バッグにワイヤーカットを仕舞い、代わりにグローブを取り出した。


「これを……」

「ありがとう」


 受け取ったグローブは、ゴムや布とは違った素材で出来ていた。触った感じ、防刃繊維などと同じ素材だと思う。


 ユミルの手元を見ると、既にグローブを着けていた。ただ、俺のと違い指の部分がカットされている。俺も、冬場に使うような手袋で、同じように指の部分が開いているモノを持っている……繊細な作業や、手先を器用に動かす必要がある場合に”指空き手袋”を使うのだ。


 ……ユミルも、何か手先を使う作業をするのかも知れない。


「……カグラ様?」


 俺の視線に気づいたユミルが、不思議そうにしている。


「何でもない、鉄線コレを退かすから、中に入ってくれ」

了解ラジャー


 グローブを付けた手で、切り離された鉄線を脇に退けた。


 俺が脇に寄せた鉄線を、ジュウが更に後ろへと置いている。


「……ユミル?」


 ジュウへと視線を向けていたが、ユミルに視線を戻す。すると、しばらくじっと地面を確認した後で、口を開いた。


「センサーが設置されているようです」


 随分と厳重な設備だ。


 脱走したとしても、子供に2メートルの壁を越える事は出来ないだろう。


 となると……


「侵入者対策か……」


「その様です……これを」


 俺の言葉に頷いたジュウが、既に取り出していた単眼鏡の様な物を、差し出して来た。


 ……単眼鏡の様な物と言うより、”単眼鏡”そのものだ。


 なんの説明も無いが、渡された物の使い方は”覗き込む”以外に無いだろう。


「……?…………これがセンサーか」


 そのまま覗き込んでも、何も見えなかった。


 しかし、焦点を調整するダイヤルを回すと、視界内に赤に近い色の線が見えた。


「その線に触れなければ、問題ありません」


「……分かった」


 ユミルを見ると、いつの間にか被っていたニット帽の上から、片眼鏡の様な物を付けている。……少しかっこいい。


 流石に、『ちょうだい』とは言えなかったので、『今度今井さんにリクエストしよう』と心に決め、ユミルの後に付いて行った。




――

 無事センサー地帯を抜けた正巳達は、コンクリート塀の側に来ていた。


 本当なら、4か所存在する監視塔を攻略した後に、中に入るのが良いのだろうが、監視塔間で定時連絡を取り合っているようなので、今回は後回しだ。


 ……これが、班が4つであれば同時攻略で問題なかったのだが……


「よし、上がってくれ」


 塀を背にしてしゃがんだ俺が、手を組んで差し出す。


「失礼します」


 ユミルが俺の組んだ手を踏み台に、俺の肩、そして塀へと上がる。


 一瞬、体重が手と肩に掛かるが、ユミル自身が軽いからか、大した苦も無く支えられた。


「上がります……」


 次にジュウが、俺の肩に足を掛けて上がる。


 ……これも車内で打合せした教えて貰った事だが、塀を越える際には、一番重い者を間に挟んで壁を越える。


 そして、越える際の踏み台になる者は……支える者が軽い場合手で最初のステップを作り、素早く上がらせる。逆に支える対象が重い場合は、手でステップを作らず、肩に掛かる荷重を支える為に、全力で膝に手を置き、支柱とする。


 俺の肩に足を掛けたジュウは、壁の上に上がったユミルのサポートもあり、無事に壁の上に上がった。……肩への負荷はかなりのモノだったが、一瞬と言う事もあり、問題はない。


 ジュウが塀に上がったタイミングで、ユミルが塀の向こうに下りた。


 その姿を確認し、俺も立ち上がる。


「……フッ!」


 足に力を込めて飛ぶと、塀の上に手が届いた。


 俺の手をジュウが掴み、引き上げる。


「……まるで監獄だな」


 塀の上に上がると、月の光も相まってか、箱型の施設が何処か不気味に見える。


 それに……


 ここは山の山頂付近なのもあって、傾斜が多く、大きな岩も多い……はずなのだが、施設周辺が一切草の無い、大きな岩も存在しない、傾きも無い恐ろしく整地された地面、と言う事が分かる。施設周辺も整地されていたが、中は比較にならないくらいに整っている。


「さっさと済ませよう……」


 そう呟くと、地面に下りた。





――

 塀から下りた正巳達は、その後、普通に歩いて施設の側まで近づいていた。


 マム情報で、監視塔の人員が厳しい監視の目を向けるのは一時間に一回、異常事態が無いかの定時確認。そして、その他の時間は、警報や脱走連絡が入らない限りは、自由にしているらしい。


 まあそもそも、外部からの襲撃など想定していないだろう。だからこそ、こうして楽に侵入出来る。


「開きました」


 先に下りていたユミルが、ドアを開けて待っていた。


 鍵は既に開けられている。


「入ろう」


 頷いたユミルが、ゆっくりと扉を開き中に入る。


 ……ユミルが引き寄せる仕草をしている。


 ユミルからの合図を確認して、中に続く。


 俺の後にはジュウが続く。


 ここからは私語厳禁だ。


 難しいハンドサインは分からないが、簡単なものは教わっている。


『進む』


 ユミルのサインに頷く。


 ……中は、廊下になっていた。


 幾らか間隔を置いて、オレンジ色の電灯が点いている。


 床は、コンクリートが裸の状態だ。

 壁は、白なのかクリーム色なのか分からない。

 天井は2メートル20センチ程だろうか、若干低いように感じる。


『中』『私』『入る』


 進んで左側にある扉の前で、ユミルの合図に答える。


『了解』


 ジュウも同じく同意を示す。


『”カチャ”』


 ……小さな音を立てて扉が開いた。


 この施設は、一部を除いて全体が、同一の電子ロックで制御されている。確認した限りでは、制御室があり、そこに常駐している職員に、中に入りたい職員が連絡。部屋のロックを開け、入るらしい。


 残りの一部に関しては、電子ロックに合わせて指紋認証、パスコード入力が必要になるらしいが……そんなモノも、今のマムの敵では無いらしい。


 ……実は前もって、マムに全て・・の対象施設から、制御を奪取して貰っている。


 一応、中央で指揮をしている佐藤さんにも『外部・・の協力で、施設内のドアロックや電子制御類は脅威では無いはずです』と、伝えている。


 一瞬間があったが、『了解ラジャー』と返答が有ったので、大丈夫だろう。


 ……当初救出を計画した時点では、マムに今ほどの力は無かった。


 もし、ドアの鍵の解除や、その他の脅威に注意しなくてはならなかったり、それらを一人で実行する事になっていたら……


 今の俺にはかなり難しい内容になっていただろう。それでも、諦めはしなかっただろうが。


 ユミルに続いて部屋の中へと入る。


 一応、伸縮する鉄棒を右手に構えている。


 ……中は明りの無い暗闇だった。


 ジュウがペンライトを点けて、部屋内を照らす。


「……」


 そこには洗濯機や乾燥機が設置されていた。


 マムが用意した施設内の図面には、配管や配線などの情報もあったが……事前に予測していた通り、この部屋は洗濯室ランドリールームだったようだ。


 最悪、躾けと称した、虐待を行っている部屋とも想像したのだが、飛躍し過ぎていたらしい。商品と云うだけあり、案外丁寧に扱われていたのかも知れない。


『次だ』


 そう指示をすると、ユミルとジュウが頷いて、順番に部屋を出る。


 二人には話していないが、従業員の居るであろう場所は、全てロックしてある。だから、『廊下に出たら誰かと出くわす』と云う事は無い。


 ……施設に向かう途中に、マムから『施設内の職員を部屋に誘導して、閉じ込めた』と報告があったのだ。


 それに、施設内に存在する外部との通信装置は、全て遮断している。


 もし、施設内の職員が外部に通信しても、それに対してマムが、適当に返事を返すだけだ。


 廊下に出て、少し歩くと、再び部屋がある。


 この扉は、主に日中開かれることが多いようだが、夜にも偶に開かれる事があるとの事だった。


『ドア』『突入』


 俺が合図を出す。


『了解』


 そう答えたユミルが、中へと入る。


 ……何か音がする。


「おねがぃ、もうやめで……」

「うるせえ! さっさと股開け!」


 ……聞こえてきた音に耳を澄ますと、やり取りが聞こえて来た。


「いい子にするがらぁ……おねがい……」

「うるせぇ、お前は、何日もしない内に売られるんだ! どうせ傷物になるんなら俺が……」


 部屋内をじっと見る。


 当然、部屋内は暗闇。


 しかし、廊下は薄く光が付いている。


 扉を開けた隙間から、薄く光が入り込む。


外道クサレが……」


 思わずそう口にしていた。


 ……薄く照らされた部屋内に、数人の少女・・が横たわっているのが見えた。


 そのまま、ゆっくりと部屋内を見回すと、その部屋の端に、数人の子供達が固まっているのが確認できる。


 ……男が何かを言う前に、体が動いていた。


「ギュエッ!」


 男の腹を横から蹴り飛ばす。


 子供に跨っていた男が、衝撃で横に転がる。


「お前ばッ!」


 何かを言おうとした、男のこめかみを蹴り抜く。


 ……首が変な方向に曲がった。


「……ユミル、子供達を」


 そう言って、男を廊下に運び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る