第44話 石庭と竹林


――

 正巳が駐車場に戻って見ると、トラックの側に今井さんが立っていた。


「やっとゆっくりできるね……」


 疲れが溜まっているのだろうが、それでも幾分かはマシになっている気がする。


「はい、そうですね」


 そう、返事をする。


 俺の返事を聞いた今井さんが、何処かほっとした表情を浮かべる。


 今井さんには、先に部屋で休んでいて欲しかったが、俺の後をついて来た従業員に指示を出し始めたのを見て、『早く作業を終わらせよう』と、決めた。


――

 今井さんが従業員に指示を出していたので、俺は女性のホテルマンに話しかけた。


「良いかな?」

「何なりと、神楽様」


 相変わらず物腰が柔らかい。

 これなら……


「それで、子供達も疲れているので部屋で休みたいんだけど、案内してもらっても良いかな」

「はい、勿論です」


 そう言って、”何時でも”とジェスチャーをしている。


「それじゃあ、子供達を連れて来る」

「承知しました」


 返事を聞いて、子供達の乗っているであろう、”長い車”へと向かった。


 子供達に合わせない方が良いかなとも思ったが、このホテルに泊まっている以上隠しきる事は出来ない。それなら、いっその事従業員には隠さずにいた方が良いと判断した。


 それに、何となくだが、このホテルは”大丈夫”な気がする。


 車の前まで来たので、一旦サナをホテルマンの女性に抱っこして貰い、後ろの座席のドアを開いた。


「おっと……」


 車の扉に寄りかかっていた子供が落ちそうになったので、支える。


「う~ん……スー…ス―…」


 完全に、お休みモードだ。


 『他の子はどうだろうか』と思い、車の中を覗き込む。


「……何人か起きてるが……きつそうだな」


 そう呟いたところ、一人の女の子が声を掛けて来た。


「あ、あの!」

「うん?」


 見ると、子供達の中でも年長の部類だと分かる。


 恐らく、14歳か15歳だろう。


「あの、私はミンです……それで、外に出ても大丈夫ですか?」


 ……随分と綺麗な日本語だ。


「オレ、まもル……だから一緒二……」


 ミンと名乗った女の子の、横にいた男の子がそんな事を言う。


 こちらは、日本語の習得が十分ではないようだ。


「確か、テンだったか……?」


 今井さんが”テン”と呼んでいたのを覚えている。


「そウ、テンおれ、なまエ」


 『守る』か、……中々好感が持てるな。


「よし、テンとミンが中心になって、子供達を運ぶ手伝いをしてくれ」


「はい」

「わかっタ」


 二人の返事を聞き、子供を抱えたまま、もう一つのドアを開いた。


 この車は、6つドアがある。


 運転席と、助手席にそれぞれ一つ。

 後部には、左右それぞれに二つずつドアが有る。


 その内の後部席のドアを開いたのだ。


「おっと……」


 危なく、また、子供が落ちるところだった。


 これだけ話していれば、起きてもよさそうなのに……そんな風に思いながら、落ちそうになった子供を、既に抱えていたのと反対側の腕に抱える。


「皆安心しているんです……あそこでは、安心など有りませんでしたから……」


 ミンがそう言って、子供達の顔を優しい表情で眺めている。


「そうか……もう大丈夫だ」


 確認できる中でも、子供達の健康状態が良いとは言えない。


 ……痩せすぎだ。


 こうして見ていると、子供の頃のサバイバルキャンプを思い出す。


「……移動するから、可能であれば小さな子を抱えて来てくれ」


 そう言って、二人の子供を抱えて立ち上がる。


「……はい、分かりました」


 ミンがそう言い、何やら、何種類かの言葉で子供達……年齢の高い順だろう……に声を掛けている。


 少し経ったところで、ミンとテンを先頭にして、子供達が車から出て来た。


 一人ならともかく、二人を担いだ子供も居る。


 中には、明らかに年が低いだろう子供が、一回りは大きそうな子供を担いでいたりする。


「……神楽様、ご案内いたします」


 そう言ったホテルマンの顔が、若干引きつっていた気がするが、気のせいだろう。


「ああ、頼む」


 そう答えて、数歩、歩きだしたところで、ホテルマンの女性が抱っこしていたサナが目を覚ました。


「おにいちゃ……サナ捨てるの?」


 ……いやいや、寝ぼけ過ぎだ。


「サナ、そんな事はしないさ……今から部屋に入るんだ。安全な場所だ」


 そう言って、サナを言い聞かせようとするが……


「サナは、おにいちゃと一緒がいいのに~」


 そう言って、手を伸ばしてくる。


 ホテルマンの女性は、少し寂しそうな表情を浮かべるが、直ぐに俺の方にサナを差し出してくる。


「……俺両手塞がってるんですが」


 そう言うと、ホテルマンの女性が、ニコッと笑顔を作る。


「男の甲斐性ですよ?」

「いや、甲斐性って……」


 一応抗議のようなモノをしようとするが、サナの差し出した手を拒む事が出来る訳もなく、空いている背中を向ける。


「ほら、背中に乗って、首に掴まるんだ」

「は~い!」


 そう言って、サナが背中に乗る。


「……案内の続きお願いします」

「はい!」


 気のせいか、明るい声になっているホテルマンの後について、再び歩き出した。


 駐車場からホテルの入り口を入る。


「入り口は中にあるんですか?」


 そう聞いたのだが、ホテルマンは少し微笑んでから、再び歩き出した。


 ……ここまでは、さっきチェックインに来た時と同じ道だ。


 駐車場からドアを入って、緩やかなスロープを上がり……


「こちらへ……」


 そう言われた方を見ると、そこには”PRIVATE”と書いてある扉があった。


「……従業員用では?」


「こちらからは、プライベートルームにアクセスできます……他にも出入口はありますが、緊急時以外はこちらをご利用ください。中から、廊下の様子が確認できますので、出るタイミングなどもそちらから、ご確認いただければ宜しいかと思います」


 なるほど、流石に色々と工夫されているらしい。


「さあ、皆も付いて来てくれ」


 そう言って、扉の中に入った。


「おぉ……これは、良いな」


 扉を抜けて、廊下に入ると、そこは両脇を水が流れる”和風”な空間だった。


 良く見ると、石庭や竹林を模したモノまである。


「これは、”ロイヤル”だな……」

「当ホテル最高級の部屋ですので」


 ……一生に一度、思い出を作りに来るような雰囲気だ。


「……部屋はこの先に?」


 見た感じ、とても広いのだが……


 廊下も長すぎてこの先に部屋があるとすれば、少々遠すぎる気がする。


「いえ、こちらへ」


 そう言われて、石庭の飛び石の上を歩いて行く。


「……こんな風になってるのか」


 飛び石を歩いて行った先、竹林の中に、小さな小屋があった。


 ホテルマンの女性が、小屋の前で扉に手をかざしている。


「……神楽様、こちらに手をかざして下さい」


 ……言われた通りに、手を出す。


 すると、何処からともなく”システム音”のようなモノが流れて来た。


『認証完了』


「はい、ありがとうございます。これで、鍵の認証が終わりました。この中に入ると、”サン・ロイヤル”クラスの部屋へと続いていますので、後はごゆるりとお寛ぎください……採寸の方は、小屋に入る際に自動でスキャンされますので、部屋に備え付けられている”タブレット”からご注文下さい」


 そう言うと、ホテルマンの女性が、一礼して帰って行った。


「……さて、入ってみるか」


 そう言いながら、付いて来ている筈の子供達の方を振り返る。


「……」


 疲れている筈の、子供達……寝ていたはずの子供までが起き上がって、川や庭を興味津々に歩き回っている。


「……あ、あの、ここに後で来ても……」


 隣で静かに付いて来ていたはずの、ミンまで何処かソワソワしている。


「構わないが……そんなに珍しいのか?」


「はい、私達の故郷は貧しく、それにこんなに鮮やかな木々が育つような環境では無かったので……」


 なるほど、通りで……背中に乗っているサナまでもぞもぞしている。


「皆、今日はゆっくり休もう……なに、起きたらいくらでも来て良いさ」


 そう言うと、子供達が一瞬固まった。


 そんな様子を不思議に見ていると、ミンが子供達に通訳してくれた。


「……そうか、日本語が分からない子供達も多いのか……」


 サナもミンも、テンであっても、習熟度に差は有りさえすれ、話していて通じていた。


 その為、すっかり言葉が通じないという事を、忘れていた。そんな中、ミンとテンが子供達を集めて来てくれている様子を見ながら、一先ずは二人に頼るしかないなと思った。


「……さあ、中に入るか」


 改めて、仕切り直して、小屋の扉を横に開いた。


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