第6話 技術の今井
その後、先方に”当たり障りのない”返事をしておくと約束し、帰って来た。
「さてと、なんて書くか……」
自分のデスクに戻って来たので、早速パソコンの電源を入れる。
「鈴屋さん、すずや……あった」
該当メールを開く。
内容は、朝届いた寄付額に関して。
「ふぅ、当たり障りなくねぇ……」
何となく、俺の分析が間違っていたと書く気になれずに文章を作っていくと、こんな文章になった。
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鈴屋様
お世話になっております。
問い合わせ頂いた件に関してですが、
一先ず例年通りの寄付額となりそうです。
後日何かしら変更が有りましたら、
追ってご連絡いたします。
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うむ。
良いんじゃないか?
当たり障りなく、混乱の元になるようなことは書いていない。何より、俺の分析が間違っていたとは書いていない。
……決して嘘は書いていないし、良いのではないか?
よし、送信。
「おっし、後はあの先輩の事だし任せておけば、良い感じにまとめてくれるだろう」
そう思う事にして、他の仕事のリストを確認していく。
「今日中にやらないといけないリストが8件か…やっぱり仕事辞めて田舎でのんびりしようかな…」
どれも急ぎの案件で、今日中に終わるか分からないモノばかりだ。
愚痴っていても仕方ないので、比較的簡単な仕事から片付けていく。
――
リストに載っている最後の仕事を終えた時には、既に日が落ちてから数時間を過ぎていた。
「はぁ〜疲れた……一服して帰るか」
俺のデスクの一番下の引き出しは小さい冷蔵庫になっているのだ。
貿易会社なだけあって、新商品がいち早く社内に出回る。と言うのも、使用テストも含めて、社員が一度試してから国内で販売するのが決まりとなってるのである。
そんな事から、何時でも冷えたドリンクを飲む事が出来る。
……まあ、デスクを離れずに休憩が出来るので、『より、労働時間が長くなる』という弊害は有るのだが。
……もしかすると、上はそれを狙っているのかも知れない。
「もっと働けっ、てか……」
まあ、なんだかんだ言っても便利に利用しているに違いはない為、”返却しますか?”と言われても、返す気はないが……何なら買い取っても良い。
今はお金に余裕が有るのだ……
900億円の余裕が……
ふふっ……
「ほんとに、何で働いてるんだか」
呟きながら、ひんやりと冷えた缶コーヒーを開ける。
「ぷは~……」
本当に、長い1日だった。
濃かった。
久しぶりに先輩の本気を感じたせいで仕事にも熱が入って、全力で仕事した。
「あアア゛~~!」
椅子に座ったまま、思いっきり伸びをする。
「あ、マジかよ……」
やってしまった。
缶コーヒーを持ったままだったので、伸びをした瞬間に中身を溢したのだ。
パソコンのキーボードに、がっつりかかってしまっている。
「これ不味いよな……」
慌ててハンカチでキーボードを拭くが、中まで入り込んでいて拭きとれない。
パソコンは、ノートパソコン型で会社の備品だ。
「打てるか?」
さっきまで捜査していたので、電源は入れっぱなしだ。キーボードの表面を拭きとったので、文字を打ち込んでみる。
「やっちまった……」
キーボードが反応しない。
一応、今日の仕事でパソコンを使う仕事はすべて終えて、提出もした後なのでそちらの心配はない。だが、心配は無いと言っても、最後の最後でやらかした。
「総務に持って行くか、直接技術部行くか……」
うちの会社には、技術部と言われる機械類を総合的に受け持っている部署がある。
技術部には、イベントの時に音響機材をはじめとして、色々とお世話になったので一応面識はある。
「出来れば総務には行きたくないな……」
総務に持って行けば始末書を始めとして、めんどくさい事が多い。
特に、総務の部長に小言を言われるのが目に見えているので、何とかして総務に行くのは避けたい。
「よし、技術部に行こう」
確か、技術の今井さんは甘い珈琲が好きだったはず。そう思い出しながら、引き出しから缶コーヒーを取り出す。
技術の今井さんは少し変わっていて、
普通、会社の一部を私物として使うのは許されないが、今井さんの場合は特例だ。今井さんは、その技術力と多岐にわたる知識で会社のシステム面をほぼ全て一人で扱っているのだ。
しかも、筋金入りのオタクで、役員という立場を打診されたにもかかわらず、”現場が良い”と言って昇進を蹴ったらしい。
社内では、技術と言ったら今井さん個人を指すほど、”技術の人”だ。
「さて、起きてるかな」
初めて会った時、今井さんは作業着のまま部屋の隅で寝ていた。
作業着だったのと、寝ていた場所が場所だったので、”業者の人”が休憩していたのかと思って、差し入れと掛布団をかけてあげたのだ。その後、技術部に呼び出されて、自己紹介された時には驚いた。
……まあ、「カメラで見て、見つけるくんで探した」と言われたのには驚きを通り過ぎて、色々質問してしまったが。
それに、”カメラ”は、防犯カメラとパソコンのカメラで、”見つけるくん”は顔認証システムを自作したものだ。と聞いて、本当に天才っているんだなって思った。
「失礼します!今井さんいまs……」
言い終わる前にドアが開いたので、中に入る。
「……相変わらず凄い部屋だ」
ドアを上げてすぐに機械の山で出来た壁がある。
文字通り”壁”で、一面機械が上から下まで埋め尽くしている。
これも説明してもらったが、今井さん曰く「カメラとセンサー類のカモフラージュ」らしい。つまり、技術部の中に入るには2段階あり、最初にドアを入る。次に、カメラやセンサーに晒された後、問題が無ければ通されるらしい。
「久しぶりだね、プラスくん」
「今井さん、プラスではなくて
今井さんは、俺の情報を調べた際に、正巳の
「ともかく、入ってよ」
今井さんが出て来た、”機械の扉”をくぐる。
どういう仕組みか、機械で出来て居る一部の壁が”扉”として開いているのだ。深く考えても仕方ない事なので、あまり気にしない事にする。
「えっと、今井さん。前に来た時は、別の場所が開いてませんでした……?」
「そりゃあ必要に応じて”部屋”を変えるのが普通だろ?」
「部屋ですか……」
この機械の壁には幾つかの”部屋”に通じる”扉”が有るらしい。
「それで、持って来たNC9800を貰えるかな?」
「NC9800?」
「ああ、その手に持ってる子」
一瞬あっけにとられるが、ノートパソコンの事を言っているらしい。
「あ、NC9800……」
裏の製品番号を見ると、NC9800と書いてあった。
「その子、キー打てなくなってるでしょ?」
「え、何で知って……」
いや、今井さんの事だから、社内で起きている”機械”の状態を全て把握していても可笑しくない。
「ははは、確かに社内の機器のログは取ってるけど、流石にリアルタイムで全てを把握している訳じゃないよ」
俺の表情から何を考えているのか察したらしい。
「じゃあなんで……?」
「それは、僕がそう動作するように少し操作したからだよ」
……操作した?
「それはどういう意味で……?」
「ん?あ~つまり、僕が正巳君のNC9800のキーボードが操作できないようにロックしたって事だよ」
……ロックした?
でも、キーボードが使えなくなったのは俺が珈琲を溢したせいで…そういえば、社内のパソコンは全部防水使用だったような……
って言うか、今井さん、正巳って呼べるじゃないですかーー!!
大きな疑問と、声にならない叫びが響き渡った。
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