手を差し伸べてよ
いるす
第1話 プロローグ
あーあ、あざが残っちゃったよ・・・。
自室のベッドに腰掛けたあたしは、右腕にある黒い傷痕を慎重にかつ丁寧に擦(さす)る。
裕翔(ゆうと)のやつ、一生この傷残ったらどうするつもりよ、アイツから慰謝料をせびってやる。
裕翔とは、あたしの今カレでバスケ部のエースとして活躍している高校の同級生である。
クラスの中では、女子の人気ランキングでは
群を抜いてトップに君臨している。なぜトップとして人気があるかって。そりゃ、なんていったて、顔がカッコよくて、運動神経抜群で、学年での学力テストでは、毎回一位をとっているほどの集配だしね。あれ、集配で良かったっけ。
「瑞穂(みずほ)、これから学校に行くんでしょ。早く支度しなさい。」
拡声器で話す校長のように近所にも聞こえるような大きな声を聴いた私は、可愛い熊が描かれたアンティーク調の置時計の時間を確認する。
もう8時じゃん。
あと30分しか支度の時間がないあたしは、マジで焦った。
返事をしないまま、急いで制服とカーディガンを着替え、二階のあたしの部屋から、1階のリビングに階段で颯爽と降りる。
「あんた、あと30分しかないけど時間は間に合うの?確か、今度遅刻したら、三者面談で娘さんの素行や生活面のことでお話しがありますって担任の谷合(たにあい)先生から先週、連絡あったのよ。今度遅刻したら私は庇いきれないわよ」
「分かってるって。強面センコーと面談なんて、死んでもごめんだわ。」
今、喋ってる相手は私の母親、早紀子。
年齢は、40歳のおばさん。
ボーイッシュな言動と小麦色に焼けた肌、後ろに結わい付けられたポニーテールの髪型が印象的な大手IT会社で働く刈谷ウーマン、あれ、これで正しかったっけ。まあいいや。
うちの母親は、貧しい家庭で産またものの、彼女が努力の虫で、人一倍負けず嫌いだった性格が好を奏し、一流の国公立大学に入学した経歴を持っている。
ちなみに、強面センコーと言ったのは、あたしが嫌いなセンコーの名前?、あれ谷川で良かったっけ?
まあ、いいや。
教科は、歴史を担当しているセンコーだがあたしが嫌いな理由は、坊主頭で、アゴヒゲを生やしている独特の風貌にある。
おまけに、目付きがきつね目みたいなもんだし、あたしも含めた学年の生徒には嫌われてるんじゃないかと思う。
現に、率先して誰も話しに来ないしね。
「あんたも、そろそろ3年に進級するんだから、成績が赤点だらけではどこも進学どころか、就職も危ういわよ。」
母親のかなり痛い指摘に、あたしは無理矢理でも会話に引き戻される。
あたしは、今、この1回しか来ない高校生活という名の青春を謳歌したいだけなのに。
「はい、はい。わーてぇるってば」
適当に母親に返事したあたしは、今日の朝食、フランスパンのトーストと、コーンスープ、サラダをあっという間に平らげて洗面所に向かった。
「やめてよ、なんでそんなに束縛するのよ、痛いよ、痛いよ。」
洗面台で顔を洗っていると、あの忌々しい(いまいましい)記憶がフラッシュバックしてくる。
あーあ、なんであのときの光景が蘇ってくるんだろう。
そんな出来事を忘れ去りたい一心であたしは粗雑に自分の顔を冷水で洗った。
「行ってきます。」
「気をつけて行って来な。」
母親に軽くお出掛けの挨拶をしたあたしは、
ポケットに昨日から突っ込んだままにしてあったインイヤーのイヤホンを耳に装着して気分転換がてら好きな音楽に没頭することにした。
音楽といっても、今どきの女の子が聴くようなJ-POPとか、洋楽とかではない。
あたしは、クラシックが好きなのだ。
あたしは、好きなアーティストはいますかと質問されたら、何人とか絞りきれないから、難しいかなと答えるかな。強いて好きな曲があるとすれば、チョコの有名な作曲家スメタナのわが祖国かな。
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