5章

86話Cecily1/終息して

「……お、体が軽いです」


 朝、ベッドから起きたアンナの顔色は良く元気そうな声であり、俺は安堵のため息をつく。

 あれから、七賢人及び変異体の襲撃はなくグリモアーバの討伐は滞りなく行われた。

 問題があったとすれば少々帆馬車が壊れていたため、帰り道耐えきれず1台が壊れてしまい対処が大変だった程度だろうか。


 討伐自体はアクスさん達と仮面の雷撃の魔法使いにより、すぐに終わっていた。

 エミリア達も七賢人の片割れを倒したらすぐに撤退を始めたため、殿の変異体を倒す程度で終わったらしい。

 王城に戻り、早速試作品の貼り薬を作ってもらいアンナとセシリーの私兵に処方。経過を見るため翌日のを迎えていたのだった。


「口頭摂取と比べ、効力は落ちると思われますが十分なようですね。念のため今日と明日、張ってください」


 医者は貼り薬をテーブルに起く。


「では、量産と処方の方を頼みますわ」


「セシリー様、分かっておりますとも。ユニーさん、ありがとうございました」


 彼は頭を下げると、部屋を後にする。


「よぉうし、よしよし。ちゃんと効いたのは僥倖ぎょうこうだ。やっと帰れる」


「スピカも手伝ってくれてありがとな。初日居なかったら危なかった」


「そりゃ此方の台詞だ。お前が俺を拾ってくれなきゃ、こうして早い段階で薬を手に入れて戻れなかったからな」


 セシリーと2人で話をした時に、薬を優先的に渡して貰う足運びになったそうだ。

 何を交換条件にしたのかは不明だが、まぁ変な事ではないだろう。多分。


「お人好しはどうかとコレまでは思ってたが、時としては悪くはないな」


「じゃぁスピカもお人好しになろう」


「やなこった」


 俺達は一服起き、吹き出すように笑った。


「なぁ、1つ聞きたいんだけど、特異個体って事でいいんだよな?」


「あぁ? ああ……まぁそれでいい」


 歯切れの悪い受け応えに、少し疑問に思うも彼は更にこう続ける。


「だから、おりゃぁお前らが懸念してるであろうフェーズ5には絶対にならねぇからその点は安心しな」


「どういう事?」


 眉をひそめたエミリアが問いかけるも、自分達で答えを探しな。とだけで答える気はなさそうであった。


「俺からもいいか? 今更なんだが、あいつなんで女装なんざしてんだ?」


 椅子に座り静かに寝息をたてているルチアを指差す。


「知らん」「知らない」「知りません」「知りませんわ」


 俺とエミリアとアンナの3人は、知らないと答えたセシリーに視線を送り驚きの声を挙げる。


「なんで知らないのよ……」


「細かい事はバッシュに任せてますもの。アイ? 呼んで来てくれるかしら」


「にゃーしー」


 天井から返事がした後、物音が聞こえ遠ざかっていく。


「こいつに直接聞くのはナシなのか?」


「詳しい事は何も知らないと思いますわよ?」


 程なくして、パジャマ姿で寝ぼけ眼のバッシュが現れた。


「はい。何かようですか」


 何処か気だるそうな声であった。


「ルチアちゃんの女装理由を教えてほしいですの」


「あー、分かりました。スピカさん、最近こんな噂は聞いた事ありませんか? 王族が2つに割れていて内戦が何時起きても可笑しくない状態だと」


「聞いた事あるな。まさか本当だとでも?」


 少なくとも、俺は聞いたことがなかった。

 恐らくエミリア達も聞いたことがないはずだ。


「ええ本当ですとも。この周辺に噂を撒いたのは俺の部隊ですし」


「なんでそんな事を。いや、それとあれが関係あるのかよ」


「ありますとも。この場では省きますが、要はルチアには俺達の仕事。つまり王城内で潜入や工作をしてもらう事になります。それにより、女の顔と男の顔を使い分けれるのはとても良い利点だ。コレを使わない手はないでしょう。まぁもっぱら、此処が主な目的ですが」


 そう言ってバッシュは首を指さした。

 この時、彼の顔がわずかに悪い顔になっているような気がした。

 敵からしてみれば女だったり男だったり、2人だと思っていた人物が同一だった場合とても厄介な相手なきがする。


「バッシュ、ある程度話していいですわよ。スピカさんにも間接的にとは言え手伝ってもらいますから」


 彼が確認するようにアイコンタクトを飛ばすと、面倒臭そうに首を縦に振られ口を開く。


「では予定を変更し、ある程度詳しく話しましょう。まずは現状の説明からです。先程も述べたように王城は大きくわけて2つの派閥に分かれております。まず国皇であらせられるギルシア様。並びに王妃であらせられるベランジェール様にマリエット様」


 一夫多妻制か。王の権力を使ったのだろうか。

 などと阿呆な事を考えている間も話は続いていた。


「そして第一皇女であらせられるシャーフェイド様。以上4名が元体制側になります。ついでに第二皇子でらせられるエア様もこの陣営になりますが、正直動きが読めない節があるので除外させていただきました。そして、此方は第三皇女であるお嬢様。並びに第一皇子であらせられるクロスレイ様となり此方は新体制を築こうとしている勢力になります」


「ちょっと待って。第二皇女が入ってないけど」


「あ、忘れてた第二皇女のアホ、おっほん失礼ゾフィリア様はおバカ陣営になります」


 明らかに1人だけバカにしてるなこいつ。てかおバカ陣営ってなんだよ。


「扱い酷いわね……」


「ただし兵士に関して言えば、中立の者がほとんどです。理由は簡単で、大体先に仕掛けたお嬢様のせいですね」


 まさかとは思うが。


「私兵が強いとか、か?」


「いえ、流石の俺達でも多勢に無勢。理由は他の所にあります。幾人かを見せしめにし、国王直下の騎士団に所属していたら……。要は"そういう風"に思わせたと言う事です。とは言ったものの、流石に忠誠心が高い者が多く骨が折れました。残っているのはそうですね。その中でも忠誠心が特に高い連中のみ。それは"此方も"同じなので王城の兵士で少しでも命が惜しいものは大体中立の立場になるか、他の有力権力者である上級貴族の元。もしくは話を通せ優秀な者は、左遷という形で一時的に地方に飛んでもらっている形ですね」


 ぼかしてはいるが、恐らくとても黒い事をしていたのだろう。そして、エニダンさんとガリアードがビランチャにいるのはこのせいか。

 この話が本当なら、思ったより敵は多くないと見ていい。のだろうが、同じように味方もそう多くはないと言うことになるのか。

 多分地方に態々飛ばしたって事は、極力この件から遠ざけときたい。って事だろうし中立のや貴族に流した兵も同じ。……うん? 待てよ。この状況ってもしクーデターとか起きたらどうすんだ?


「なんかよ。すげぇー面倒くせぇ事頼まれそうな気がするんだが、気のせいか?」


「特に面倒なことはありませんわよ。邪魔ですから戻ってきたゾフィお姉様を一時的にかくまって欲しいだけですし」


 セシリーからも扱いが酷いきがする。どんな人なんだそのゾフィリアって人。


「滅茶苦茶面倒くせぇじゃねぇか。……まぁ、受けるしかねぇんだろ。面倒くせぇ」


「そう言えば、他の王族の人って会ってませんよね」


「ギルシア様は執務で、王妃のおふた方は王城に居られるけど"ここ半年"それぞれ部屋に篭ってて、他の方々は避難したり避難をカモフラージュに使ったりしてて、今カミーリアにはおりませんので顔をあわせてなくて当然だと思う。あ、思います」


 バッシュが更に話を続けようとするもドタドタと足音が聞こえ、話を中断した。

 程なくして、勢いよく扉が開かれスレンダーな女性が満面の笑みで入ってくる。


「お久ぶりぃぃいいい! セシリィィイイイ!!!」


「ゾフィお姉様お久しぶりですわ!!」


 セシリーが一瞬でキャラを変え、アンナがとすーっと布団を頭までかぶり、スピカは舌打ちをしてタバコの火を付ける。

 このハイテンションさ。このノリ。嫌な予感しかしない。


「では俺は二度寝するので失礼します」 


 入れ違うようにして一礼し、バッシュが部屋を後にする。


「きゃぁあああ! これが、この子が!」


 女性は目を輝かせながら俺の方に駆け寄って来ると鷲掴みにしこう叫んだ。


「動くぬいぐるみ!!!」


 ちがああああああう!!! 

 って、突っ込みたいけど態々こう伝えてるって事は不用意にバラすのは不味いんじゃなかろうか。

 そう思いセシリーにアイコンタクトを送ると、首を横に振られた。多分バラすなと言う意思表示だ。


「ソウダヨ。ヌイグルミダヨ」


 とりあえず片言で話をあわせると、吹き出したような笑い声が聞こえてくる。


『おい、こらエミリア笑うな!!』


『だってさ、流石に不自然過ぎるでしょ』


「本当に実在したのですね!? 何で動いているの!? 魔法? 魔法ね!? 魔法なのね!?」


 体中をまさぐられ、思わず顔が引きつってしまう。

 なんだこの暴走してるセシリーに更に思い込みを足したような人は。


「だめですわよ。ゾフィお姉様、そんなに触って仕舞っては壊れてしまいますわ~」


 壊れねぇよ!?


「そうね。壊れてしまっては大変ね」


 そう言い、彼女は粋なり手を放してしまい俺は床に叩きつけられる。


「っぶ」


 だからって、手を離す奴がいるか……!!


「そうだわ。お洋服を作りましょう! というわけで、ナナリー。そこの子を後でつれていらっしゃい」


 彼女はエミリアを指さし、明らかに嫌な表情を示す。

 この人、脈略もなさすぎる。なんなんだほんと!?


「へ!? あ、はい!」


 遅れてやってきたメイドが空返事を返すと上機嫌で部屋を後にし、メイドが一礼をして彼女の後を追っていく。

 すると、アンナが様子を見るために布団から顔を出す。


「……うっそでしょ」


「笑ったツケだ。払ってけ」


 俺はゆっくりと飛び上がる。

 なんとなく、バッシュやセシリーからの扱いが悪い理由が分かったきがする。


「第三皇女さんよ。さっきの話、マジで言ってんのか?」


「何がですの?」


「俺の村で匿うって話だよ」


「ええ、本気ですわよ?」


「かーっ、さいっあくだ。……あんなん面倒くさ過ぎてどうにかなっちまう」


 彼は更に1本形が歪なタバコを懐から取り出すと火を付ける。


「スピカ。どんまい」


「同情なんざいらねぇ。欲しいのは面倒くせぇアレを押し付ける先だ……」

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