1-35 裏ギャングを潰しちゃいました 2
ビクセンくんはララファの犬だった。
横暴なララファの提案を受け入れた彼はいま、自分の配下に対して叱咤激励の言葉を送り、彼らの闘志に火をつける作業をしている。
俺はその姿を見ながら、ララファに作戦の提案したのだけれど、即却下を食らった。
「奇襲して好きなように暴れる。それが作戦」
いい加減彼女の蛮族思想には慣れたので、反論する気はなかったし、勇者級のステータスを保持しているいまなら、その作戦も悪くないとも思っている。
やっぱり、力があれば好き勝手暴れたいのだ。我ながら低俗だなあと思う。
「この町を支配してたって言ってたけど、そんなに大きな組織だったの?」
ふと、ララファの言ったことに興味を持ったので聞いてみる。
「もともとこの町全体がスラム街のようなもので、昔はもっと、たくさんのギャングがいたんだが、そのトップだったのがわたしのグループだった。だから事実上、この町を支配していたのはわたし達だったわけだ」
「へえ、ララファはお嬢様って聞いてたけど、随分やんちゃしてたんだね」
「元々、わたしは孤児だ。純粋なお嬢様だったわけじゃない」
それは初耳だ。育ちが良いとは思えない奇行の数々はそういう事だったのか? いや、孤児でもパンツをばら撒いたりしないと思う。
「そうだったんだ。よく更生したね」
「……突然やって来た勇者にボコられてな」
「そりゃすごいドラマだね。それがきっかけで仲間入りしたの?」
「そんな感じだ。あとは知っての通り、一緒に旅をして使命を果たした。それから町の復興に努めて現在に至るというわけだ」
この町の冒険者がガラの悪い奴等ばかりなのは、つまるところスラム育ちが多いからで、そんなゴロツキどもからの信頼は、パンツをばら撒いて得たものではなかったというわけだ。あれ? ララファって凄い人なのかもしれない。
「じゃあ、このスラム街を綺麗にしたら、普通の町になっちゃうね」
「ああ、それがわたしの目標なんだがな、あそこにいる奴らが、いつまで経っても巣立とうとしない。まったく困った話だ」
言葉の棘に反して、彼らを見て彼女は微笑みかける。
くそう、不覚にもバブみを感じてしまった。
「なんだ、派手に暴れたいからあの人たちを巻き込んだとか言ってたけど、本当は、またみんなと一緒に活動したかったんでしょ?」
ちょっと悔しかったので、仕返しにからかう様に聞いてみる。
「ち、違うわ。そんなんじゃない」
珍しくララファは少女らしい顔をする。
「どちらにせよ「Phalanx18」はこの町の害にしかならなそうだね」
「そういうことだ」
せっかくだから俺もこの祭りを楽しんでやろう。離れる前に、この町へ恩返しをしなきゃいけないしね。
☆
ビクセンくんが言うには、「Phalanx18」のアジトは、スラム街の最奥にある教会とのことだった。
目的の場所に近づいてくるにつれて、皆の緊張感が高まっているのか、口数が少なくなっていくというのに、俺の心は変に穏やかだった。
ステータスの向上が俺の精神にも影響を与えているのだろうか? まるで百獣の王にでもなたかのように、チンピラ共の戦闘を堂々と歩いていた。
「シンヤ、楽しそうな顔をしているぞ?」
「うん、楽しい。お祭り前の高揚感みたいなのが、体中から溢れてる感じがするよ。町は死んでるって言うのに変な気分だね」
「くふふ、気持ちはわかるぞ。これから敵を蹂躙してやるのだと思うと、興奮が収まらないだろう?」
そこまでおっかないことを考えている訳ではないけれど、向かってくるなら、全部叩き潰したい気分ではある。ああ、モリさんに感化されたのかもしれない。そうじゃなきゃ、俺が闘争心に燃えるだなんてあり得ないんだ。争いごととか苦手だしね。
教会のあたりの暗闇に焚火の明かりが揺れていた。
焚火を囲うように、人々が楽しそうに談笑をしているが、構うことはない。俺達は蛮族なのです。殲滅なのです。一人残らず仕留めてやるのだ。
「突撃―……っ!!! ひとり残らずぶっ殺せ!!!」
「いや、殺しちゃダメだって!?」
ララファの号令と共にチンピラ達が一斉に、連中に襲い掛かる。
男は殺せ。女は犯せといった雰囲気の彼らはまさに獣。チームワークなんて横文字は彼らには理解できない代物なのだろう。一人で二人を相手にする奴もいれば、三人でリンチしている奴らもいる。
「酷い光景だ。これで勝てるの?」
「駄目ならわたし達で制圧すればいい。それまでは高みの見物だ! くふふ……」
完全に悪役である。
戦争に正義も悪もないけれど、限度はあるよなあ。
敵の一人が血相を変えて、教会の中に入っていく。恐らく、増援を呼びに行ったのだろう。あの中に魔術師と親玉がいるに違いない。
自前に、全員生け捕りにするという方針であるが、果たして可能なのだろうか? このままでは、手が滑って殺しちゃいました☆ とか報告されそうで怖い。
「わたし達は教会に向かうぞ。この分なら外は制圧できるだろう」
「わかった」
俺達は宴の喧騒をかき分けて、教会の中に入る。
礼拝堂の中には、先ほど救援を呼びに行った男と魔術師のローブを着た男が5人。そして、親玉と思われる若い男がこちらに背を向けて、首のない人型の像に祈りを捧げていた。
「くふふ、大人しく投降すれば命は助けてやるぞ」
うん。完全に悪役です。
ついでにセリフ回しが三下のそれだ。
「チンピラ風情が、相手を理解しているのか?」
「知るかボケ。わたしの町から出ていけ」
「ふざけるな! 貴様ら、我々が上級魔術師と承知のうえでの蛮行か!?」
魔術師たちはララファの進言を無視して、詠唱を始めだす。
「投降の意思はないみたいだよ」
「ふむ、話が早くて助かる」
流石は上級魔術師といったところか、俺達が会話している間に術を完成させ魔方陣を頭上に展開している。
あの魔方陣は見覚えがある。
スキル【経験は記憶の父知恵の母】でレインと知識を共有した際に、頭の中に流れ込んできた情報と一致する。
彼らが出そうとしているのは、五属性魔法の基本の型だ。各属性のスペシャリストなのだろうか、それぞれ、火、水、風、土、雷の魔方陣を形成している。
「舐められたものだな」
ララファも術を見て察したのか、つまらなそうに言う。
「がはは、強がりも大概にしろ!」
毛むくじゃらの男が言うと、一斉に魔法を放ってくる。
「大地の精霊よ、契約のもと我に大いなる加護を宿せ――――」
ララファが防御魔法を展開し、放たれた攻撃をあっさり打ち消してしまう。
「ば、馬鹿な!? ただのチンピラじゃないのか!?」
これ以上、みっともないセリフを聞くとこっちまで恥ずかしい気分になる。
俺とララファは飛び出し、魔術師たちに一発ずつ腹パンを送り込む。よく、テレビで見る、何故だか気絶するあれだ。実際やると内臓が大変なことになるらしいが大丈夫だろうか?
いとも簡単に魔術師たちを制圧してしまった。
「くふふ、完璧なコンビネーションだったな。これなら結婚しても順風満帆な日々が送れそうだぞ?」
「あはは……そうっすね」
力の差を見せつけたと言うのに、残りの一人は相変わらず、祈りを捧げたままで、こちらのことなど気にも留めない。
「あとは、お前で最後だぞ。神様なんていないんだから、いい加減お祈りをやめたらどうだ?」
ララファが若い男を説得するのだが、
「いやあ、僕の国だといたんですけどね。まあ、信仰的なものですが」
男はそう言って、こちらを振り向く。
やや釣り目、短髪の黒髪とあまり印象の残らない醤油顔。というかアジア顔だ。
特に覇気のようなものは見られないが、こんな状況でも飄々と構えていられるのは、どうにも薄気味悪い。それとも、すでに白旗を上げているのだろうか?
「そうか。お前はどこの国から来たのだ?」
「日本から来ました」
「ん? そんな国、聞いたこと無いな」
「……!?」
ララファは首をかしげているが、俺にはわかった。
こいつも恐らく、俺やモリゾウと同じように転生した人間のひとりなのかもしれない。他にも存在するとは思っていたが、こんなに近くにいるとは思わなかった。
アジア人特有の陰キャオーラから察するに、こいつも何かしらのチートを持っている可能性がある。力を持った瞬間にイキリ出すのが陰キャだ。ソースは俺とモリゾウ。
「ララファ、下がったほうが良いかも。こいつ何か隠してる」
「ふむ、シンヤがそう言うなら、そうなのだろうな」
「あれ、バレちゃいました? でも、もう遅いですよ。貴方たちは僕のテリトリーに入ってしまったのだから。さあ、ひれ伏せ」
アジア顔に似合わないセリフだ。
けれど、彼のセリフに不思議な力があるのか、俺の体は急激に鉛のように重くなっていく。
なんだ、これ?
「あれ? 結構耐えるんですね」
「何を……した?」
ララファも俺と同じ感覚を味わっているようで、珍しく焦ったような顔つきで持ち堪えている姿が伺える。
ああ、俺はもうひれ伏しそうです。なんなら土下座でもしてやろうか。
畜生、頑張りますよ。女の子よりさきに潰れるわけにはいかんものね。
「これは僕のチート【グラビティプレス】ですよ」
うっひゃ、だっさ! ぷっー! グラビティプレスだってよ!
俺は体の態勢を維持するのと笑いをこらえるのに必死で、もうどうにかなりそうです。
「グラビティプレス? そんな魔術聞いたことないが……?」
「ふふふ、それはそうですよ。だってこの力は企ぎょ……神様から与えてもらった、異能の力なのですから!」
こいつ今、企業って言いかけたね。黒ですね。
「僕の異能は重力を操作する力。僕の前ではあなた方は、一歩も動くことも出来ないでしょう……あれ?」
「くおぬううううううううううううう!」
ロリとは思えない雄たけびを上げるゴリラが一匹。
恐ろしい形相で日の丸男子くんにズンズンと歩み寄るララファ。
「ちょ、嘘!? どうして動くことが出来るんだ!?」
「戯け! 鍛え方が違うんだ……ちょっと重くなった程度で挫けたら、世の中の女の子は死滅するぞ……」
「ふざけるな! ええい、ひれ伏せ!」
アジアンマンは焦っているのか、語彙力が足りないのか知らないが、さっきと同じ単語で、能力を発動したおかげで、俺は思わず膝をついてしまう。
「ぐぬううううううううううううううううう!」
「まだ立っているだと……化け物が!」
盛り上がっているところ悪いのだけど、俺はもうひれ伏したい気分でいっぱいでございます。なんなら靴を舐めたっていいから、とにかく早く帰ってお風呂は入ってビール飲みたい。
「この程度でわたしを倒せると思ったのか……? もやし野郎のくせに舐めてくれるじゃないか。ちょっと一発殴らせろ」
そしてララファは拳を振り上げる。
「ひっ………………あれ?」
けれど、彼女の拳は届かず、勢いよく倒れてしまう。
「く……そ、が……」
「……はは、ははは……あはははは! なんだ!? どうした? 立ち上がってみろよ!? ほらあ、ひれ伏せ! ひれ伏せひれ伏せひれ伏せよ!」
「がは……っ!」
力をララファに重ね掛けしているのか、地面にひびが入る。
「ああ、いい声で鳴いたね! そうだよ。やっぱり女の子はそうでなきゃいけない」
「やめろ……っ! そこまでする必要ないだろ!」
「ははは、最強の僕に歯向かった罰だ。君はもしかしてこの子の彼氏くん? うわあ、僕ってNTR大好きなんだよね。あ、そうだ協力してよ! 今から僕がこの子を犯すからさ、見ていてくれないかな? 簡単でしょ?」
何言ってんだこいつ。
なんでそんなこと言えるんだよ。
「ふざけんな。お前みたいのがいるから、オタクは犯罪者予備軍とか言われるんだ」
「んー? ああ、もしかして君も僕と同じ転生者なの? へー、凄いや! ねえねえ、君はどんな力を貰ったの? 見せて欲しいなあ!」
キラキラした目で、若い男は俺に問いかけてくる。
「……すごい子育て」
「なぁにそれ……?」
明らかに馬鹿にしたような口調で、頭に疑問符を浮かべている。
「まあ、いいや。君もつまらない人間だ。大人しくそこで見ていると良い」
男は楽しそうにしながら、ララファの腹部に蹴りを入れる。
「ぐあ……っ!」
「はは……っ! 凄いでしょ、僕? これ能力の応用でさ、蹴りの力を重くして威力を上げてるんだ。僕って天才! クリエイティブ! ねえ、そう思わない?」
どうして楽しそうなのだろう? 酷いことをして心が痛まないのかな? もしかして、生前はとんでもない犯罪者だったのだろうか?
「なぁんかその目、反抗的だなあ」
チート野郎が気に食わない顔をしている。
そして、また、クソチート野郎が俺の邪魔をしやがる。
「あっ、そうだ! 君、土下座しなよ。そしたら彼女、救えるかもよ?」
「……」
「や、めろ。シンヤ……」
「きみは黙っててねぇー」
また、やつは彼女に蹴りを入れる。
「土下座でも何でもするから! ……やめてくれ」
「やめてくれ?」
「やめてください……」
へへっ、馬鹿が。こちとら死ぬ前からプライドなんて捨ててんだよ。だから嘲笑えよ。そんでもってガッカリしやがれ。どうせ、お前のようなチート野郎は、カッコよくて気高い勇者様が好きなんだろ? 俺みたいな糸くずなんか唾吐いてどっか行っちまえ。バーカ。
「うーん。なんか誠意がこもってないなあ」
今度は俺の頭を踏みつけてくる。
うっひゃあ……なんて慧眼なんでしょう! そりゃ誠意なんてありゃしませんよ。だって俺だもの。クズですもの。世界の汚物です。
とにかく、俺にヘイトが集まって良かった。あとは煮るなり焼くなり、エロ同人なりなんでもすればいいさ。俺に出来るのは時間稼ぎ。
だから、
「ああ、丁度頭の裏かゆかったんだ。サンキュー」
煽ってやんよ。
「……ふーん」
チート君が足に力を込めたおかげで、俺の頭が地面に埋まってギャグみたいになっている。おかげで格好がつきません。
つうか、やっぱり痛いです。逃げたくなってまいりました。
慣れないことはするもんじゃないね。
だけど、ここで一発カッコイイセリフかましちゃうぞ。
「ふご、ふがががが! ごふうっ……!」
あーん! うまく喋れねえどころか、土の味しかわかりませぇん!
「うわ、みっともない。君さ、最高にカッコ悪いよ?」
うるせえ。
わかってんだよ。そんなこと。
だけど、しょうがないじゃん。こちとら勝つために必死なんだ。
だから、もう少しだけ待ってろ。
醤油顔が俺の頭を何度も踏みつける。丹念に、丁寧に、空き缶をペシャンコにする勢いでガツガツと踏みつけてくる。
もう少し。
もう少しだ。
あと少しで、こいつをぶん殴れる。
目には目を歯には歯をチートにはチートを!
無駄な仕事増やしやがって、こっちは大事な家族がお家で待ってるんだ。そして、目の前のあの子だって、かけがえのない黄金なんだ。
家族を守るためだったら、俺はなんだってする。だから、残業いっぱいするよ。こんな時間でもしてやるんだ。だって、それが家族のためなんだもん。
きっと、帰ったら怒られるんだろうなあ。まったく、父の立場は弱くて、気持ちがくさくさしてくるよ。
ちょうど、三十回目の足踏みをした頃、町の大鐘が鳴りだす。
この町には何故か、夜中の12:00にけたたましく鐘を鳴らすやつが居る。この音に何度も起こされて恨んでいたけれど、今はちょっと感謝だ。
スキル【
ほら、最低最悪だ。
この時間まで残業してるとね、もう頭とかパーになって、疲れとか、帰りたいとか、どうでもよくなってハイになるんだ。
アハハ、体が鳥になったみたいに軽いぜ。痛みは麻痺してしまったのか、何も感じやしない。きっと、頭がおかしくなったのだろう。でも、構いやしない。相手もおかしいのだからお相子だ。
こうなった俺は最強である。何を言われても、何も感じない。
さっきまでの体の痛みも、綺麗さっぱりサヨウナラ。眠気もまるでありません。
さあ、反撃だ。
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