ホブゴブリンとミニマリスト⑨
足元に魔法円が現れ、
いつかのつむじ風が二人の前髪を揺らす。
「……我、ルンフェルスティルスキンの名において、コバロスの君に、願い奉る……」
数回聞いただけのはずの詠唱を、省介は懐かしくすら思った。
周囲を覆う暗闇も輝く魔法円も、何もかもを親密なものに感じる。
「……我の持ちたる全ての権限をここに開放し、……彼の者へのあらゆる艱難、障害、妨害を駆逐する……絶大な力を与うることを、ここに再提言する……全ては彼の者の幸福のために。……比田省介、……汝は、真に我を所望するか……?」
繋いだままにしていた手を、省介は強く、しっかりと握った。
「……所望、してやるよ」
魔法円の光が大きくなり、部屋中が光に包まれる。
眩しさに視界を奪われる中、省介はルンの手を握り続けていた。
光が収まって視界を取り戻した頃、
ドンッ。
胸のあたりに重い衝撃を受けて、省介は後ろに倒れる。
何事かと自身の身体を見ると、首元に金髪と青髪がしがみついていた。
「せ、せんせぇ―――ッ!」
「……艦長、一日ぶり」
うるうると目から涙を零すブラウニーと、相変わらず心情がつかめない顔をしたボーハンの姿に省介は安堵の息を漏らす。
「……待たせたな」
自由な方の手で省介はボーハンとブラウニーの頭を撫でる。その様子を見たルンがいつものように盛大な抗議をする。
「ちょっとッ! 二人だけズルいッ。ルンもッ、ルンもッ!」
フン、とブラウニーが不機嫌そうに、
「……ルンフェルはいいじゃないかッ。……先生とッ……その……その……」
もじもじと先を言わないブラウニーを引き継ぎ、
「……さっきから……ずっと、手を繋いでいるんだし」
省介と向かい合わせのルンフェルへ、ボーハンがジト目で批難の視線を送る。
「……いい加減、放したらどう? ……いつまで続ける気?」
「……ああ? すまん」
「……うん」
ボーハンに言われて我に返り、パッと手を放す省介とルン。
盗み見ると、ルンの方が顔を真っ赤にして自分の手を見つめていた。
その姿の愛らしさに、思わず省介も頬を紅潮させる。
「おいッ? 何ラブコメみたいな反応してるんだッ、ルンフェルッ。……僕は認めないからなッ!」
「……同感。……自分を差し置いてルートを進めるなんて、許可した覚えない」
ゴゴゴ、と怒り心頭なボーハンとブラウニー。
互いに利害を一致させ、結託するかに思えたが。
「おい、ボーハン。比田には僕一人で十分だろう、離れろッ」
「……それはこっちの台詞。……ブラウニーみたいな貧乳、側にいても何の役にも立たない」
「貧乳っていうなッ! 今この状況と、どんな関係があるっていうんだッ」
「……胸に関わりのない状況なんて、存在しない」
「くぅうううー、なんだとぉ―――ッ」
あっという間に争いになり、掴みあう。
はぁ、と省介が深いため息をついた。
「……ご主人様……」
振り向くと、手を身体の後ろで組んだルンが俯いている。
先程の様子を思い出して赤面しかけるのを、必死で堪えて平静を装った。
「どうした?」
「……あの、あのね……」
「……お、おう……」
「……さっき、……ご主人様が、帰るぞ、言ってくれて、……その、すごく嬉しかった」
緊張感漂うルンのもの言いに、省介の胸の鼓動が早まる。
「……だからね、……あの、あの……ルンね、……ご、ご主人様のッ」
ルンの潤んだ瞳が、省介を見上げる。
朱色に染まった頬が熱をはらんでいるのがわかった。
ゴクリ、と省介は唾を飲み込む。
すぅ、と息を吸ったルンが、
「……ご主人様の、パンツが欲しいッ」
ガクッ。
……パンツて。やっぱりか。
「……ねぇ、お願い。今穿いてるの、今穿いてるのがいいんだようッ!」
「やるかバカッ? やめいッ!」
下半身にしがみつくルンを引き剥がし、
(……やはり、変態はどんな時も変態だった……)
省介は、ルンを睨みつける。
……一瞬ドキッとした自分がバカみたいだ。
「えへへ」
そんな省介の心の内を知ってか知らずか、ルンが無邪気な笑みを見せる。
はぁ、と再びため息をつく省介。
すぐ側では、ボーハンに恥ずかし固めをかけられたブラウニーが「ひゃあん」と甲高い悲鳴をあげ、涙目になっている。
その情景を眺め、省介は心の底から思う。
……ホント、不必要なヤツらだ。
ギャーギャー騒ぐホブゴブリン達に呆れつつ、省介は笑った。
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