ホブゴブリンとミニマリスト①



「そのまま進め」

 ビジュアル系に目隠しをされ、指図されるがままに車のようなものに乗せられてしばらく経ったところで、下車を命じられたところだ。

 ガラガラと何かを動かす音がし、

「止まれ」

 手錠を外され、手首が自由になる。

 ノックの音がし、中から「どうぞ」との声が聞こえる。低く擦れた男の声だった。

「……失礼します」

 ビジュアル系が、かしこまったのを感じる。

「三歩進んで、目隠しを取れ」

「……え?」

「早くしろ」

 ビジュアル系に急かされ、言われた通りにする。目隠しを取ると、蛍光灯の眩しさに思わず目を覆った。ぼんやりと人がソファーに座っているのが見える。視界が鮮明になるにつれ、省介の心が驚きに包まれた。

 ……嘘だ、まさか、そんな。

「……どうして、あなた、が……」

 贅肉のない痩せ形の体系。

 短く刈ったスポーティな黒髪。

 過度な装飾は一切ないが、シンプルな中にセンスの良さを感じる服装。

「……比田、省介くんだね?」

 画面の中でしか見たことのない人物に名前を呼ばれ、省介の心が躍る。

「ヨシ……さん?」

「ああ。初めまして、比田くん。……いや、久しぶりといったところかな?」

 男が、顔を皺だらけにして笑った。

「あああのッ、お会いできて、光栄ですッ?」

 省介が深々と頭を下げる。ヨシと呼ばれた男が顔を上げるよう促すが、しかし省介は恐れ多いと断り、さらに頭を下げた。

「……ご主人様、誰?」

 袖をくいくい引っ張り、ルンが尋ねる。

「……超カリスマミニマリスト、その名も、ヨシさんだ。その道でその名とブログを知らない者はいない、ミニマリスト界の神。……そして、俺にミニマリズムを教えてくれた、恩人だ」

「え、この人が?」

「いやぁ、懐かしいねぇ、二年前だったっけ? 君が突然僕のブログにコメントをくれたのは。その後すっかりミニマル生活を満喫してるようで、僕も嬉しい限りだよ」

「い、いえ、何もかも、ヨシさんのアドバイスがあってこそですッ!」

 ……ヨシさんに気にかけてもらえてたなんて、俺はなんて幸せ者なんだ。

 突然の思いがけない人物との会合に、思考停止した省介の心はすっかり舞い上がっていた。

「まぁ、立ったままもなんだし、とりあえず座って座って」

「ありがとうございます! 失礼しますッ」

 そこは、ソファーと椅子以外は何もないガランとした部屋だった。

 ビジュアル系が「失礼しました」と外へ出、入れ替わりで例の退魔師の少女が入ってくる。ルン達は警戒を解かないまま、腰かけた省介の後ろへまわった。

「……比田、なに油断してるんだ、ここは退魔師の巣窟なんだぞ、ここにいるってことは、きっとこいつも……」

 ブラウニーの耳打ちに、省介は抵抗した。

「ブー、なんて言い方だ。こいつだと? 失礼だろうが、謝れッ。……それにヨシさんは退魔師なんかじゃ……」

「いいや」

 省介の言葉を遮るように、言う。

「そのホブゴブリンの言っている通りだよ」

「……え?」

 先ほどと全く変わらぬ笑顔で、

「……僕はね、退魔師なんだ」

 男の唇が、省介の望まぬ現実を告げる。

「そ、そんな……嘘ですよね?」

「嘘じゃないですよ?」

 例の少女がはっきりとした口調で、答えた。

「この人、椎名義弥(しいなよしや)は、当地区の退魔師師団、団長。同時に私、椎名美七(しいなみな)へ退魔師見習いを勧めた師でもあり、そして、……あたしの父です」

「なん、だってッ?」

 愕然とする省介の隣では、

「……師団、団長ッ?」

「くそ、どうしてこんなことに……」

「……考えられる中で、最悪の展開」

 三ホブゴブリン達が動揺の表情を見せる。

 椎名は四人の様子を、笑顔を崩さずに見つめ、

「ところで比田くん。少々乱暴になってしまったが、君にここへ来てもらったのには少々わけがあってね。そのわけというのは、……もちろん、そこのホブゴブリンのことだ」

 冷水を浴びせられたような心境だった。

 凍りつく省介の表情に、椎名は肩をすくめ、

「……いやね、だからといって手荒いことをしようというんじゃなくてね。……僕はただ、君と話し合いがしたいと思ってるんだ。……同じ、ミニマリストとして」




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