どストライク少女は傘がお好き③

「……艦長、それ」

「……まぁ、ちょっとな」

 全妖精図鑑を目にしたボーハンが、横から身を乗り出してくる。その反対側では、先程のよくわからない本を読んでいたルンが、早くもウトウトし始めていた。

 ブラウニーはといえば、山積みにした本の隣で読書に没頭している真っ最中。

「……そもそも俺は魔世界ってものについて何の理解もないからな。……どうでもいいことでもいいから、なんか参考にならないかと思って」

「……艦長、……そんなに魔世界のことを知りたいの?」

「そこまでは言ってないが、……知らないのは俺だけっていうのが、なんか癪に触ってな……」

「……ふぅん」

 ボーハンは意味ありげに周囲を見回す。

 ルンは机に突っ伏して完全に居眠りモードだし、ブラウニーは相変わらず本の世界に入ったままだ。

「……知りたい?」

 目元の表情を変えずに、ボーハンが口元だけで笑う。

「……結構秘密だけど、……艦長になら、教えてあげてもいい」

 省介の膝に手を乗せ、ボーハンが見上げてくる。

「……本当か? ……なら頼む」

 承諾した省介の肩に、ボーハンの手が触れる。

「……耳貸して」

 頭を少し傾けると、ボーハンの温かい吐息を間近に感じた。

「……魔世界には……」

 耳元で、ボーハンの唇が動く。

「……魔法が存在する……」

 ……え、それだけ?

 省介は、思わず面食らった。

「……で、報酬は、何をくれる?」

「いや、待て待て。それくらい誰にでもわかるし、役に立たない」

「……別に新しい情報を言うとは言ってない。秘密を教えたんだから、何か対価を与えるべき」

「……お前はどこの悪徳商法だよ」

「……人聞きが悪い。そもそも何の対価も提示せずに情報を聞いてくる艦長の方が、よっぽどマナーがなっていないはず」

 だから、とボーハンは口を開く。

「……何をくれる?」

 省介はため息をつき、

「……わかったよ。……明日は市民プールに行く。確か、お前の行きたかった場所だよな? ……それで、いいか?」

 省介の言葉にボーハンは俯き、コクリと頷く。

 どことなく、頬の色が紅潮しているように感じた。

「よし、……なら、今度こそ教えてくれ」

 再び傾けた省介の耳に、

「魔世界は……」

 ボーハンの囁きが届く。

「……今、重大な問題を抱えている。……しもべ妖精に関して……」

「え?」

 予想出来なかったシリアスな答えに、思わず声が出た。

 そんな様子に構わずに、ボーハンは続ける。

「……魔世界は妖精族と人間族が共存する世界。その中でしもべ妖精は、しもべ妖精の王、コバロスの君によって人間の要請に従って生み出された存在。……契約すると強力な魔力を持って困りごとを解決してくれる一方で、誰にも必要とされない状態では、魔力を生成できず存在が消滅するってことは、艦長も聞いているはず」

 省介が頷き、ボーハンへ続きを促す。

「……そこで問題になったのは、魔世界の人間に対して、生み出したしもべ妖精の数が多すぎること。一人で何体ものホブゴブリンと契約するのはザラにあることだけど、それにしても数が多くて、全体のホブゴブリンの三分の一はずっと契約を断られ続ける状態にあった。……こんな状況が続いて、艦長、……どうなったと思う?」

「対価を与えた途端、情報量が全開だな。……んーと、大量にホブゴブリンが消滅した……とか?」

「……ううん、そうだったらむしろ潔かった。……現実に起こったのは、ホブゴブリン同士の争い。……限られた席を奪い合って、老若男女のしもべ妖精が醜い戦いをした。おかげで魔世界全体の治安が悪化して……その様子を見かねたコバロスの君が、非公認でありながら現世界との行き来を黙認した。……それが、ホーボー・ホブゴブリンの、始まり。……その黙認具合に乗っかった自分達は、必要としてくれる誰かを探して、この世界を旅していた」

「……需要に対して、……供給が多すぎた、ってことか」

「……言葉にするのは簡単だけど、それほど軽いことじゃない。……何せ、人に仕えるために生み出された自分達には、存在が懸かってることだから」

「……そうだな。すまん、今のは失言だ」

いつかのルンの言葉を思い出す。

 ――死活問題だ、と。

 あれは表現でもなんでもなく、そのままの意味だったのだ。

「……艦長が謝ることはない……むしろ」

 神妙な面持ちになった省介に、ボーハンが言う。

「……ルンフェルを見つけてくれたことについて、艦長にはけして小さくない恩がある。…………だから謝るというよりは……、……その…………あり、がとう……」

 驚いてボーハンの顔を見ると、音速でそっぽを向いてしまった。

 ……ありがとう、か。

(そういえば、ルンも初めて会った時に似たようなこと言ってたな)

『……見つけてくれてありがとうッ、ご主人様!』

 すやすやと呑気な顔でよだれを垂らすルンを見つめ、省介は複雑な気持ちになる。

自分の存在が消えて無くなるかもしれない状況って、一体どういう心境なのだろう。

 ……もしも。

(……あの時、花桐先輩の前で恥をかかなかったら、俺は何も知らないまま、『不必要だ』とコイツらを追い返してしまっていたかもしれない。そうしたら、コイツらは今頃……)

 ……いや、

 省介は自らの思考回路を否定する。

(もしそうだったからとして、一体何だって言うんだ? ミニマリストとして俺は、必要なら協力を申し込み、必要なければ切る、それだけのはずだろう。……今さら、そのことを覆す理由はない……)

フン、と誰にするわけでもないが、省介は鼻で息をした。

そんな様子の省介にボーハンが、……ただ、と続ける。

「……現世界にいたとしても、全ての問題が解決されたわけじゃない。……例えば……」

その時。


バサッ、バサッ、と何かが落下する音がした。


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