第106話 ドラゴンは臆病だったらしく(2)

「ジルもありがとう。雪竜が見られてよかった」


 褒めると嬉しそうに頷く。歩きづらい雪を踏みしめながら近づいて、ジルを撫でてやろうとしたが……膝まである雪に足を取られて転んだ。


「うわっ」


「おっと! これは役得」


 余計な一言が聞こえたが、ジルが受け止めてくれた。おかげで雪に埋もれた状態にならずに済んだが、抱き締めた手が離れようとしない。撫でるつもりだったのに、背中を撫でる手が温かくて体の力が抜けた。


 視線を上げると美しい銀のドラゴンと、神々しい半透明の白いドラゴンが困惑顔で立っている。強者に捕まったものの、どうやら戦わずに済みそうだと尻尾をゆらゆら動かした。見た目の表情は変わらないが、感情豊かな魔物らしい。


「尻尾を叩きつけるのは攻撃の意思だよ」


 簡単な説明をしながら、ドラゴンが見やすいように姿勢を直してくれたジルに頷く。彼の長い黒髪が風に巻かれて、まるで闇に包まれたみたいに感じた。


「……お邪魔だったかしら」


 ライラの声にびくりと肩を揺らして、ジルを突き飛ばす。後ろにひっくり返ることなく、堪えた男が大人げなく唸った。


「くそっ、また邪魔しやがって」


「大人げない男は嫌われてよ?」


 大災厄と呼ばれたジルを相手に一歩も引かず、顎を反らして反撃態勢である。気の強い狐が威嚇するような姿に、ルリアージェがくすくす笑い出した。


「どうしたの?」


 不思議そうなジルの声に「だって、ライラが狐みたいで……威嚇して……ふふっ」と笑いを堪えながら呟くが、自分のセリフでまたおかしくなった。楽しそうなルリアージェだが、頬が赤くなっている。気づいた魔性達は目配せして、背後の洞窟へ転移した。


「……っ、びっくり、した」


 驚きすぎて笑いが引っ込んだルリアージェは、洞窟の外を見やる。ドラゴン達の姿はもう見えない。こちらが消えた時点で、慌てて引き上げただろう。


「リア、寒くない?」


「いや」


「本当なの? 頬が赤いわ」


 心配そうにライラが近づく。人がいない地域だからか、ルリアージェの翼同様に彼女も狐尻尾を外に出していた。軽い精霊の特性を知っているので、ひょいっと引き寄せて抱っこする。


「触ってみろ、熱はないぞ」


「……あら本当。熱くないわね」


 頬に手を当てて、ライラが大きな目をぱちくり瞬かせた。その姿が狐や猫に見えて頬ずりする。外の空気に触れて冷えているかと思ったが、彼女も精霊を連れているため温かかった。


「オレは不利だ……尻尾があればよかったのか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る