第85話 狙われた弱点(3)

 くすくす笑いだしたルリアージェの様子に、ジルが首をかしげる。素直に尋ねたのはライラだった。


「どうしたの? リア」


「いや……私の人生は予想と全然違ってきたと思って」


 楽しそうな声色から、どうやら悪い意味ではなさそうと当たりをつけた魔性達は、ほっとした表情で話しかけた。


「どんな人生を想像しておられたのですか?」


「そうだな。宮廷魔術師として、あのまま王族に仕える人生が一般的か。きっと恋愛しなくて、政略結婚したかも知れない。独身の可能性もあるな」


 本人はどちらかと言えば、独身の可能性が高いと考えていた。好きでもない男と結婚して家に縛られるなら、一生を魔術に捧げた方がいい。そんな考え方が他の女性達と異なるから、宮廷で女友達はいなかったのだ。


「リア、海辺でゆっくり話をしよう」


 水の魔王の襲撃で台無しになった海を楽しむため、ジル達が再び予定してくれたタイカ国での滞在に、ルリアージェは頷いてジルの手を取った。


 しっかり繋いだ手が離れるなんてーー想像もしなかった。








「捕まえたぞ」


 見覚えのある男が、ルリアージェの腕を捻る。痛みに呻いたルリアージェを乱暴に、転移魔法陣へ放った。吸い込まれて落ちる先は、きっと自分達にとって悪い結果をもたらす場所だ。


 海辺についてすぐ、溺れている子供に気づいた。周囲の大人達は誰も気づいていない。見る間に力尽きていく子供の様子に、ルリアージェは息を飲んだ。


 真っ赤な髪と瞳の少年が、必死でもがく。波に飲まれて沈んだ子供を見た瞬間、ルリアージェの身体は動いていた。飛び込んだ海の水が重く、ワンピースが水を孕んで動きづらい。脱いでいる余裕はなく、そのまま潜って子供を抱いて浮上した。


目に塩水が沁みる。


 水を飲んだ子供が咳き込んで、にやりと笑った。嫌な予感がして距離を置こうとしたが、少年の方がはやい。周囲の水を魔法陣の光が照らしていた。


 飛び込んだルリアージェに気づいた4人が魔法陣に息を飲む。動くより早く、少年が大人の姿に変わった。腕を掴まれて、罠だったと知る。


剣呑な彼らの顔に、ルリアージェは申し訳なさが先に立った。勝手な行動で彼らに迷惑をかけてしまう。胸元の水晶をぎゅっと握り込む。


「どうしてここに、マリニスが?!」


「嘘でしょう! リア、リア!!」


「……間に合いませんっ」


「リア、オレを呼んで!」


 攫われたルリアージェの耳に届いたのは、仲間達の声。そして名を呼べと願うジルの声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る