第78話 毒を盛るのがツガシエの流儀ですか(3)

「ま、まて! 我らは毒など盛っておらぬ!」


「そうです」


「ツガシエではない他国の間者かも」


 口々に言い訳をする王族を睥睨へいげいしたジルが、大きくため息を吐いた。腕の中で眠るルリアージェが起きないよう、さらに深く眠りの底へ引き込んでから口を開く。


「邪魔をするな」


「この者らを外に出すな! 絶対にだ!」


 グリゴリー王の命令に、扉の前の騎士が一斉に抜刀した。外に出さぬため、王命を守るため、彼らは武器を持たぬ他国の貴族へ剣先を向ける。それが正義でも悪でも関係なかった。


「オレは邪魔をするなと


 詠唱も魔法陣も必要ない。ただ彼は願うだけでよかった。霊力がジルの周囲で渦巻く。しかし命じるという単語に反応したのは、リオネル達の方が早い。


 この場でツガシエ王族を排除して国を滅ぼすなど、彼らにとって容易いことだ。簡単すぎて、明日の朝までもたない遊びだった。それでもジルが配下に「滅ぼせ」と命じなかったのは、ルリアージェのためだ。


 まずは彼女の安全確保が必要だった。もし毒が中和できていなければ、この場で正体を現して転移しても構わないと考える。それをしない理由は、風の魔王ラーゼンの配下の気配を感じるからだ。何らかのタイミングで彼らが介入するとしたら、それは宣戦布告やジル達が魔族だと暴露する瞬間だろう。


 ルリアージェの完全な身の保全ができない状況で、さらなる危険を招き寄せることはできなかった。一度は引き下がり、すぐに報復に動くのが最善策だ。


 イライラしているライラは、風の精霊経由で部下に指示を与えている。リオネルも情報を集める算段をつけているはずだ。この場で騒動を起こすメリットがなかった。


「排除しろ」


 吐き捨てたジルが踵を返し、止めようと前に立ちはだかる騎士達が風の刃に切り裂かれる。腕を、足を、首を切り落とした風を指先で操ったリシュアが「露払いを」と申し出て、毒に倒れたフリをするパウリーネを下して先頭に立った。


「おや、出遅れました」


 私としたことが……と苦笑いしたリオネルが、白炎を放つ。金はかかっているが価値を感じないと、ルリアージェが残念がった王宮の家具が火を噴いた。溶けるように崩れていく家具や建物が、逃げ遅れた人々を巻き込んだ。


「やだわ、私が地味になるじゃない」


 唇を尖らせたパウリーネは、氷の通路を作って出口までの安全を確保した。魔性には必要ないが、人族のルリアージェを熱や攻撃から守るためだ。リオネルが上手に温度を操って、氷に炎が触れないように操る。


「……あたくしが一番地味よ。『大地の魔女が願う、この地の正義を』」


 ぼやいたライラは、城の外に出ると両手を掲げた。大地が轟音を上げて、二つに裂けてツガシエの王城を飲み込む。思わず目を見開いた魔性たちが顔を見合わせ、「ライラが一番派手だ」と呟いたジルに頷いた。

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