第72話 雪の国ツガシエ(4)

 他国の貴族が宿泊するこの宿は、続き部屋のある豪華な造りになっていた。中央のリビングを囲む形で4部屋ある寝室をすべて使うため、最上階のフロア全体を貸し切る形だ。侍従として連れてきた扱いの精霊達は、下の階に部屋を用意した。


 公爵夫妻、弟夫妻、公爵令嬢と婚約者で4部屋とされている。この辺の手回しも、間違いなくリオネルの策略だ。ライラの疑惑はさらに深まる。ジルのため、どこまでも邪魔する気なのだろう。悔しそうなライラだが、ルリアージェの手が髪を撫でると機嫌は上向いた。


「この後は休むのか?」


 リュジアンと違い温泉がないので、ルリアージェの興味は家具へ一直線だ。宿で休んで明日動くのが一般的だろうとルリアージェが尋ねるが、ジルは首を横に振った。


「家具つくりの名人に約束を取り付けたはずだ。すぐに行こう」


「本当か!?」


 嬉しさのあまりジルに抱き着いたルリアージェを、しっかり堪能して頬にキスを落とす。このあたりは手馴れたジルのさりげなさに紛れ、ルリアージェは抱き締められた自覚がなかった。頬や額にキスをいくつか落とされて、ようやく首をかしげる。


「ジル?」


「うん、なに?」


「少し図々しくないか?」


「リアがあまりにも可愛いから、つい」


 笑顔で誤魔化したジルの満足そうな表情に、ジル至上主義のリオネルは満面の笑みを浮かべた。リシュアは苦笑いで言及を避け、パウリーネは「素敵」と呟く。苛立つのを通り越して達観し始めたライラは、ひとつ溜め息をついた。


「早く行かないと夕食の時間になってしまうわ、お母様」


 素早くジルからルリアージェを奪うと、手をしっかり繋いでしまう。


「そうだな、行くぞ」


 微笑んだルリアージェを取り戻せず、ジルは後ろをついていく。


「……ジル様のお気持ちが、いまいち届いていない気がします」


 リオネルの指摘に、パウリーネが悪気なく止めを差した。


「あら、まったく届いていませんわよ。リア様はジル様がどうして自分に親切なのか、まったくわかっていませんもの」


 公爵家一行が職人街へ馬車を走らせて数十分後、宿は大騒ぎになる。自国の王族が、サークレラの公爵家を王城に招くという。使者を立てての正式なお訪いだったが、到着した直後に彼らが留守にするという予想外の出来事に、使者は困惑した。


 彼らの知る貴族は怠惰で、動きが鈍いものだったのだ。馬車による陸路の疲れも気にせず出掛けるなど、あり得ない。


 ツガシエの王族が待つ城では晩餐の準備が進んでいるはずで、このままでは予定の刻限に遅れてしまう。彼らは使者でありながら「公爵家と接触できていません」という別の使者を立てる羽目になった。

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