第68話 水の魔王の意地(2)

「攻撃は通しますけれど、任意でティルが選んでいますわ」


 不思議そうなルリアージェの態度に質問へ先回りしたパウリーネが説明した。攻撃は水として通過させるが、触れたり撫でられたりする際は身体をしっかり認識しているのだろう。


 実際の虎のようにふわふわした毛皮の感覚はないが、代わりにひんやりと冷たくすべらかだった。何度か撫でると、心地良さそうに目を細めて喉を鳴らす。見た目はともかく、巨大な猫と言われても納得できる反応だ。


「可愛いな」


 褒めると、ブレスレットの水晶が小さく振動する。どうやら主の言葉にやきもちを焼いたらしい。苦笑いして水色の水晶を顔に近づけて、小さく名を呼んだ。


「ジェン」


 一瞬で顕現した青白い龍は、大きな蛇のようにルリアージェに絡みついた。嫉妬する蛇のことわざを聞いたことはあるが、本当に嫉妬深い生き物だったらしい。緑から黄色へ流れるグラデーションのたてがみは逆立ち、ゆらゆらと揺れた。


「そんなに怒るな。私の使役獣はお前だけだぞ」


 頬ずりして嬉しそうに「キュー」と鳴いたジェンが、ようやく周囲の状況に目を向ける。海底の美しい風景をドーム型の結界で切り抜いた中、どうやら敵らしき魔性と相対している。ぶわっと鬣を揺らして、魔性を威嚇した。


「トルカーネもこの程度の配下では苦労しただろうな」


 くつくつと亡き主を嘲笑うジルの態度に、アーロンは役割を忘れて激怒した。全力で目の前の黒髪の魔性へ水を叩きつける。色の違う水が刃となって押し寄せるのを、ジルは無造作に手を翳して留めた。肌に触れた先から水の精霊達が散っていく。


「今回は任せるわ。あたくしはリアの警護に回るから」


 海底なのをいいことに、大地の魔女はさっさと戦線離脱を申し出た。力不足うんぬんを理由にして、大好きなルリアージェの隣に移動する。


「ズルイぞ!」


 叫んだジルが「しかたない、さっさと片付けよう」と呟いた。呼吸も水圧も関係なく動けるのは、上級魔性ならば当然だが、リオネルは地上と同じように一礼して主に提案する。


「不要なゴミなら我々にお任せを。ジル様はリア様のお側でお待ちください」


「任せた」


 興味を失ったと宣言したジルが、さっさと結界内に戻る。濡れた髪や服を魔法陣で乾かし、乾いた髪を一度解いて結び直した。その後姿を見送ったリオネルへ、リシュアが笑みを向ける。


「彼に関して、あなたは因縁がありましたね」

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