第十六章 トルカーネの役割
第55話 嵐の前の静けさ(1)
神族の丘と呼ばれる草原で、トルカーネは水色の瞳を細めた。輝かしい過去の栄光が垣間見える丘は、かつての神殿跡が残るだけの遺跡群だ。魔族を殺すことが出来る神族は、魔王にとっても脅威のひとつだった。幸いにて彼らが攻撃的に侵攻して来ることはなかったが……。
丘の下に眠る遺跡へ転移する。土に覆われていたにもかかわらず、遺跡は生きていた。清らかな水が流れる小川の脇で、小さな野花が咲く。小さな動物達や鳥が生息する楽園として、この地下遺跡は奇跡ともよべる美しさを保ち続けた。
地上から見れば地下は埋もれた土の一部でしかないが、地下は光の溢れる不思議な空間である。その中を単身歩く水の魔王は、すぐ脇を流れる小川に手を浸した。水はすべて彼の支配下にある。水が到達できる遺跡のすべてを把握して頬を緩めた。
転移せずに歩いた先で、ひとつの神殿に足を止める。大人2人以上でやっと届くほど太い柱が支える天井に、小さく神の姿が彫刻されていた。男女の区別すらつかない美しい神は穏やかな笑みをたたえ、その背に6枚の翼を広げる。
足元に生み出した魔法陣により宙に浮いたトルカーネの指が、その翼を確かめるように触れた。白い石材を擦る褐色の手が、一箇所を強く押す。
「これだね」
小さな鍵を手に入れたトルカーネの表情が明るくなった。地上に降りると神殿の奥へ姿を消す。その後彼の姿は楽園の庭に戻ってくることはなく、神の彫刻に空いた穴もいつの間にか塞がれた。
テラレスの海は碧色だが、タイカは紺に近い青だ。深い色をした海は冷たく、潮の流れが速いことで知られていた。水温が低いことで大型の魚が多く獲れるため、漁業が盛んな国だ。元が海の近くに住んでいたルリアージェにとって、魚料理は身近な郷土料理だった。
「夕食は魚にしようね」
借りた別荘でジルがルリアージェに提案する。別荘と言っても、実際には邸宅とよぶ大きさがあった。貴族の観光用として作られた建物は、潮風で朽ちぬよう石材や煉瓦が多く使われている。
降り注ぐ強い日差しを避けるパラソルの下で、ルリアージェは大きく頷いた。
「白身魚のマリネがいい!」
珍しくリクエストされたジルが頬を緩めた。
リュジアンでは食事が合わなかったのか、彼女の食が細くなっていた。菓子類は手をつけてくれたが、肉メインの食事量が極端に落ちていたのだ。
何でもルリアージェ中心のジルだけでなく、ライラやリオネル達も同様の心配に表情を曇らせたが、どうやらタイカでは大丈夫らしい。
「スープは魚介のミルク煮にしようか。好きだろ?」
「本当か?!」
「ああ、リアの好きなハーブをたっぷりと入れよう」
テラレスを追われてすぐの頃、海辺の町に潜伏したルリアージェに作ったスープが好評だったのを思い出したジルは、鼻歌を歌いながら調理場へ向かう。
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