第54話 この国をどうする気だ?(2)

「っあつ……」


 猫舌のルリアージェが声を上げた瞬間、ジルが慌てて立ち上がる。氷を用意するパウリーネより早く、顎に手をかけて上を向かせた。


「見せて」


 逆らう様子がないルリアージェが口をあけると、舌先が少し赤くなっていた。以前と同じ状況だが学習しないルリアージェの唇を奪い、そのまま舌をぺろりと舐める。


「う、んっ、ふ……ぅ」


 治癒が終わると唇は解放されたが、じんじんして唇の感覚がおかしい。ルリアージェは大きく息を吸い込んでから「舐めるな!」と叫んだ。


「うん、治ったね」


「……そうだな。治療には礼を言う」


 律儀なルリアージェの受け答えに、ライラが肩を竦めた。飛び込むようにして座ったソファのクッションを抱き締め、無用心な女主人に知恵をつける。


「リア、騙されてるわ。キスを奪われたのよ」


 治療の話にすげ替えられている。そう忠告すると、思い出したルリアージェがジルをぽかっと叩いた。


「ちっ、ライラの奴…余計なことを」


 文句を言いながらも、ルリアージェのささやかな抗議を嬉しそうに受け止める。叩こうとした手首を押さえて、その拳にキスを落とした。


「ジル」


 真剣な声で呼ばれ、黒髪の魔性は動きを止めた。


「この国をどうする気だ?」


 魔性である彼らにとって、人族の国や都など価値を持たない。面白半分に介入して壊すことはあっても、作る過程や行為に協力はしないのが普通だった。王侯貴族を操り、彼らのルールの中で人間関係を壊す遊びはジルもお気に入りだ。


 人間のもつ特権意識や傲慢さを逆手にとって、彼らを貶める遊びは魔性にとって娯楽のひとつだった。それこそ、先ほどまで遊んでいたチェスと同じ。何人死のうと殺されようと、気に留めない。魔性同士の争いの代行として、国同士をケンカさせたこともあった。


 魔性にとって人族とは、その程度の遊び道具に過ぎないのだ。だから答えは決まっていた。


「どうもしないよ。必要ないもん」


 けろりと答えるジルは紫の瞳を瞬いた。予想外のことを尋ねられたと示す彼の表情に、嘘の気配はない。この国がもつ領土も宝も人も、死神の興味を引くものは皆無だった。


「……戦が始まると聞いた」


「うん」


「止められないか?」


「リュジアンとサークレラの戦なら、始まる前に終わった。リュジアンが自治領となって、サークレラの一部として統合されることになったから」


 驚いたルリアージェが蒼い瞳を見開く。城に仕える侍女から「戦が始まる」と聞いたのは一昨日だった。それから数人に聞いたところ、同じような答えがあったため、なんとか戦争を回避できないか考えたのだ。意を決してジル達の人外の力を頼ろうとしたのだが……すでに戦が終わったなんて。

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