第49話 狙われた美女は滅亡の響き(2)

 崩れ落ちた男はぼんやりしたままリシュアを見つめている。離れようとした彼の服を掴み、必死で追いすがろうとする。


「……いかないで」


 魅了され心奪われた男の哀れな懇願に、リシュアは冷たく言い放った。


「私は役立たずは嫌いです……お前に役目を与えましょう」


 役目を果たしたら近くにいられると考えるのは、男の自由だ。何も約束をしないリシュアの言動を都合のよい方へ受け止める男に、少し表情を和らげて触れた。髪から頬にかけて1度だけ撫でてやる。


「国王が望む報告をしなさい」


 それだけ命じると男を宿の玄関付近へ放り出す。不満そうな顔で唇を尖らせるジルと反対に、リオネルは興味深そうに事態を見守っていた。


「ジル様、我慢してくださいね」


「ルーカスはオレが殺すぞ」


 今回は我慢したんだ。ふて腐れた態度で吐き捨てたジルは、さっさと宿に戻ってしまった。ルリアージェに危害を加える心配がなくなったとはいえ、彼女が心配なのだろう。リオネルのような絡め手より、直接的な攻撃を好むタイプであるため、苛立ちも募る。


 ジルの心境を理解するリオネルは苦笑いして、リシュアに提案した。


「国王だけで満足しないでしょうから、ジル様に国ごと滅ぼす案を提示してみては?」


「ああ、そうですね。あの男の妄想とはいえ、ルリアージェ様を穢す発言をするのです。そのくらいの罰は当然でしょう」


 くすくす笑いあう側近達は、死神の眷属らしい美しさと残酷さを滲ませて物騒な話を進めた。結局彼らが不機嫌なジルのいる部屋に戻ったのは夜明け近く。その後3人で相談した内容は、ルリアージェ以外の全員が共有することとなった。






 ジルは機嫌よく、ルリアージェを伴って水晶通りへ向かう。魔の森の主グリズリーのコート、という国宝級の装いでルリアージェは首をかしげた。


「皆は一緒じゃないのか?」


「ああ、今日はオレと2人きりのデートだ」


 頬を赤く染めたルリアージェは、それ以上質問しなかった。2人きりの状況はアスターレンに着くまで当たり前だったのに、なぜか気恥ずかしい。公爵夫妻の肩書きがあるので、正確には数人のお付きがいた。侍従や騎士を連れているように装っているが、実はライラの配下の精霊達だ。


「好きな水晶を買っていいぞ」


「本当か?!」


 魔法陣の要として使ったり、魔力を注入して魔石代わりに使うため、質のよい水晶は人気がある。先日のリオネルのように削り出してティーカップに使うのは、贅沢すぎる使い方だった。もし同じものを作らせようとすれば、一つの街の年間予算を超える支出と数百年の時間が必要だろう。


 それだけ水晶は高額な貴重品と考えられてきた。手に握りこめる大きさでも、ちょっとした宝石より高額なこともある。

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