第48話 夜這い未遂(3)

 パウリーネを退ける魔力を持つくせに、リオネルは一切手出ししなかった。ジルを包む霊力の存在を知る彼にとって、パウリーネは敵ですらないと感じていたのだろう。まだ翼すら出さないジルが本気じゃないと理解していたため、微笑んで主の成長を見守った。


 何度も氷と水で切り裂こうと攻撃を繰り返すものの、すべてが一瞬で解除されて涼しい風を子供に届けるばかり。魔力の使いすぎで膝をついたパウリーネへ、再びジルが手を差し伸べた。


「オレの配下に入れ。氷に見合わぬ熱い性格が気に入った」


 求められる言葉に身が震えた。同じようにトルカーネに誘われても何も思わなかったが、ジルの声に全身が震えて心地よさに支配される。どう返事をしたのか覚えていないが、そこで契約をしたのだと話し終えて、隣を見るとルリアージェは嬉しそうに笑っていた。


「どうされました?」


「いや、ジルらしいと思ってな」


 殺伐としたエピソードを微笑ましいと受け取る彼女の感性は、人族としてズレている。今まで、さぞ生き辛かっただろうと苦笑いしたパウリーネが、ベッドを囲う魔法陣を描いた。


「もう休みましょう。明日は水晶通りでお買い物をされるのでしょう?」


「そうだな、おやすみ」


 互いに挨拶を交わして、ルリアージェは目を閉じた。





 彼女の寝息を確認して、パウリーネはベッドを揺らさぬよう注意しながら身を起こす。間で寝たフリをしていたライラも目を開いた。


「侵入者ね」


「殺してしまっても構わないのかしら?」


 物騒な2人の会話に、ジルが乱入した。


「オレが貰っていくから寝てていいぞ」


 声だけ部屋に送り込んだジルの配慮に、顔を見合わせたライラが目を閉じた。どうやら任せるつもりらしい。ジルならば不手際はないと信頼を示したライラに続いて、パウリーネも寝着に包まれた身を横たえた。結界越しに、近づいてくる男の姿が見える。


 武器は短刀だけなので、殺害ではなく夜這いが目的らしい。他国の王侯貴族が利用する宿の警備はかたい。リュジアン国王の手の者と考えるのが妥当だった。


 動かずに見守るパウリーネの目に、結界に触れた男が魔法陣に吸い込まれるのを見た。驚いて身を起こして結界に手を触れる。外部の冷気や敵を排除しようと張った結界に細工はなく、どうやら薄皮一枚外側に別の魔法陣が敷かれたようだ。


 ジルの繊細な魔法陣が浮かび上がり、すぐに消えた。


「ん……眠れないのか? パウリーネ」


 ライラ越しに手を伸ばしたルリアージェは大きな欠伸をする。飛び起きた際に起こしてしまったらしい。詫びようとした彼女の冷えた肩をルリアージェの手が包み、そのまま彼女はまた眠ってしまった。寝ぼけた状態に近かったのだろう。


 再び寝息を立てるルリアージェの温かな手を、パウリーネは握りなおして横になる。そのまま朝までルリアージェの手を握っていた。

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