第十五章 茶番劇は得意ですか

第48話 夜這い未遂(1)

 女性達の隣の部屋の風呂で、ジルが難しい顔をしていた。目の前の湯に浮かべた魔法陣は稼動前のものだ。魔力を込めれば作動する状態で、うーんと唸った。


「ジル様、私はおやめになったほうがいいと思います」


「我が君に我慢を強いるのは心苦しいです。少しくらいなら構わないのではありませんか」


 リシュアの忠告と、リオネルの誘惑に、ジルの理性と欲望が天秤の上で揺れた。


「リア様に嫌われても知りませんよ」


 溜め息交じりのリシュアの声が止めとなり、ジルは魔法陣を消した。だが未練がましく視線を隣へ向けている。そう、彼が作動させたかった魔法陣は、隣の風呂場を覗くものだった。


 ルリアージェは羞恥心が薄いので、覗き自体はさほど怒らないかも知れない。しかし嫌われる可能性があるなら、我慢すべきだろう。情けない決意をしてぐっと拳を握るジルの背中を、生ぬるい眼差しで見つめる側近2人が揃って溜め息を吐いた。


「あちらは女性同士で盛り上がっているのでしょうね」


 折角決意したジルの我慢を試すようなリオネルは、湯につきそうな金髪を器用に頭の上に束ねている。リシュアは気にせず湯に散らしていた。みれば、ジルも湯に髪を浸して気にした様子がない。マナー云々より、考え方や性格だろう。


 魔法が使えるため、髪を乾かす心配が要らない彼ららしい。


「リアと入りたかった」


 ぼそっと呟くジルが、美貌を湯に映してしょんぼり肩を落とす。夫婦役だから一緒に入れると思ったが、寝る部屋すら男女で分けられると思わなかった。公爵夫妻、弟夫妻で2部屋だったのだが……男女で分ければいいと提案したライラを怨んでしまう。


「お風呂はともかく、部屋を男女で分けたのは……危険かもしれませんね」


 リシュアは眉をひそめて指摘した。整った顔が憂いを帯びて、政治に長けたサークレラ国王時代の表情で呟く。


「彼らが仕掛けるとしたら、早い段階でしょう。明日……いえ、私なら今夜のうちに動きます。女性だけで部屋に篭もったと知られれば、当然男を差し向けて不義をでっちあげる可能性が高く」


「リアの部屋に夜這い!? 絶対に殺す」


 殺気を滲ませるジルに、リオネルが首を横に振ってリシュアに耳打ちした。


「もうすこし穏便な表現をしないと、今すぐリュジアンの国王を殺しかねません」


「失言でした」


 彼らのひそひそ話を他所に、ジルは夜這いを阻止するための魔法陣を作りはじめた。かなり物騒な魔法陣が大量に出来上がり、本人は満足げだったが………リオネルが淡々と指摘した。


「ジル様」


「なんだ?」


「その魔法陣、どうやって隣室に仕掛けるおつもりで?」


「あ……」


 忍び込むか、ルリアージェたちに説明して協力を願うか。選択を迫られたジルは再び悩みの霧に迷い込んでいった。

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