第43話 氷の大地(3)

 窓の外は白い雪に覆われていた。元公爵家の館は放置された十数年の月日分の埃が積もっていたが、元の造りがしっかりしていたのか、雨漏りもなく使えそうだ。家具はそのまま残されており、上に被せた白い布をはげば日焼けもなく綺麗だった。


 家具を確認して部屋の埃を消していたライラは、満足そうに掃除が終わった部屋を見回している。


「リオネル、説明頼んだ」


 面倒だと押し付ける主に苦笑いし、リオネルが端的に説明を始めた。テラレスの宮廷魔術師だったルリアージェが、ジルの封印を解除したこと。それによって封印石であった国宝の金剛石が砕けて、犯罪者として手配されている現実。もちろん、隣国であるシグラとウガリスも便乗した事情。


 アスターレンでジルが暴走して国を滅ぼしかけ、最後にサークレラの騒動まで。すべてを並べると9つの国の半分以上で騒動に巻き込まれた形だった。


「……波乱万丈ですのね」


 短い期間で起きた内容の濃さに、パウリーネは絶句する。リオネルは語らなかったが、女王ヴィレイシェが滅びた話も含めたら、とんでもない規模の冒険譚だった。


「公爵など荷が重い」


 ぼやくルリアージェの溜め息に、お茶を用意し始めたリオネルがくすくす笑い出した。


「役割次第ですよ。当主をジル様にして奥方にリア様、娘をライラ様とします。リシュアはジル様の弟、その妻にパウリーネ。私は執事を勤めますので、面倒ごとは私かリシュアが片付けます」


「賢いな、さすがはリオネル」


「お褒めいただき、恐縮です」


 お茶のカップを差し出しながら告げるリオネルとジルのやり取りに、ルリアージェは真っ赤な顔で俯いていた。妻、公爵夫人なんて。


「あたくしが娘なのはいいけれど、ジルがお父様なのは嫌だわ」


「ご安心ください。ライラ様、貴女くらいの女の子は父親と距離を置く年頃です」


 さほど親しい様子を見せなくても問題ありません。


「それもそうね」


 なぜかライラはリオネルの説明に納得してしまった。魅了の力もないのに、リオネルの口先三寸はたいした能力である。この中でもっとも外交能力が高い魔性かも知れない。


「リシュアが戻るまで、ゆっくりするか」


 ルリアージェをソファに誘導したジルがぱちんと指を鳴らすと、何もなかった暖炉に火が灯る。薪もない状態で、魔法陣の上に暖かなオレンジ色の炎が揺らめいた。

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