第36話 龍炎が舞う戦場(2)
猫舌であるルリアージェへの注意を忘れない。ジルは隣の椅子に腰掛けると、幸せそうに食事の世話を焼き始めた。彼女が顔を上げるとパンを手元の皿にとりわけ、何かを探す素振りでドレッシングを用意する。ひな鳥の面倒を見る親鳥のようだ。
「ジルは本当にリアが好きなのね」
好きという単語で表現しきれないほどの重い愛情を示すジルだが、ルリアージェがその重さに気付いていないのが幸いだ。天然すぎる彼女でなければ、おそらく逃げ出していただろう。
ルリアージェが望めば世界すら滅ぼしかねない重さなのだが……。
「皆はもう食べたのか?」
半分ほど食べたところで気付いて小首をかしげる仕草に、ジルはくすくす笑い出す。ライラも肩を竦めて椅子に腰掛けた。離れていたリシュアもジルの隣に座る。
全員座ったところで、改めて食卓を囲んだ。
「ところで、リオネルは?」
果汁を入れた水を飲みながら尋ねるジルへ、リシュアが穏やかな声で答えた。
「何やら調査があると出かけました。数日中に戻るでしょう」
「そっか」
いつものことなのか、気にせずジルはパンに手を伸ばす。追加された食事に、ライラはスコーンなどの焼き菓子と木の実を並べた。真っ白な木の実を齧る姿は狐の尻尾や耳のせいで、小動物のようだ。
「ねえ、誰か来たわよ?」
ぴくっと動いた耳のあと、ライラは天気の話をするように切り出した。とうに気付いているジルは溜め息を吐いて、ルリアージェの口についたケチャップを拭き取る。
「外の様子みてくるから、食べ終えてもこの部屋にいてね。用があったら呼べばいいから」
幼子に言い聞かせるように話すと、ジルの足元に魔法陣が浮かぶ。一瞬で姿を消した青年の後を追って、一礼したリシュアが続いた。
「今度は誰だ?」
デザート用の果物を口に運びながら、無邪気に尋ねるルリアージェはすっかり魔族がらみの騒動に慣れていた。怖がって悲鳴をあげればいいとは思わないが、さすがに慣れすぎでしょうとライラは苦笑いを浮かべる。
「そうね、予想だけど……魔王に傾倒していない魔性かしら」
心当たりがあるのは、3人ほどだ。まずは龍炎のラヴィア、次に氷雷レイリ、変わり者の天声アデーレと続くが、可能性が一番高いのは戦闘狂で有名なラヴィアだろう。
「誰が来ても、ジル達に勝てないと思うけれど」
手馴れた様子で果物の皮を剥くライラが、ルリアージェの皿に切り分けた果物を並べていく。ジルが誘わないのだから、戦う人手は足りると考えてよかった。最後に紅茶を用意して差し出せば、銀髪の美女は柑橘系の果物を沈めて香りを楽しむ。
優雅な時間が流れる城の外では、戦いが始まろうとしていた。
「待ちかねたぞ、ジフィール」
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