第27話 思ったよりも単純な見落とし(3)

 微笑んだルリアージェの上でぱちんと音がして、結界が弾けて消えた。途端に遮断されていた周囲の物音が聞こえる。侍女たちが忙しく衣装を並べていた。


「どちらになさいますか? リア様のご希望をお聞かせくださいませ」


「ジル様に黒をご用意させていただきましたので、赤や淡い黄色はいかがでしょう」


 並ぶことを前提に勧めてくる衣装を眺め、鮮やかな赤に目を奪われた。朱色に近い鮮やかな色の絹に、白や黄色の花模様が描かれている。美しさに誘われて指先が触れると、心得たように侍女たちは他の衣装を片付けていく。


「こちらにいたしましょう」


「ライラ様は瞳の色に合わせて、淡緑をご用意しましたわ」


「リア様の帯はこちらの黄緑、飾り紐は深い紫を用意して」


 あっという間に用意された衣装を、丁寧に着せてもらう。かつて宮廷ドレスを着たときに絹には手を通しているが、まったく手触りが違った。織り方が違うらしく、こちらの方が艶やかで肌滑りがよい。


 衣装を巻くように帯で留め、飾り紐が付けられていく。銀の髪も紫系の飾り紐で軽くまとめて結い上げられた。ほつれる髪を上手に利用して、髪留めがいくつか差し込まれた。


「こちらをご覧くださいませ」


 鏡を示され、機嫌よい侍女たちが促すままに覗き込んだ。母に良く似た女性が写っていた。いつもの自分よりも母に近く見えるのは、晴れ着の影響だろう。何度か瞬きして無言になったルリアージェに、侍女たちは笑顔で褒め言葉を贈ってくれた。


「ありがとう」


 はにかんで礼を口にすると、彼女たちはライラに着付けを始めた。子供用の民族衣装は動きやすく、ほどけにくいように作られている。ルリアージェの帯に近い色だが、もっと薄い緑を纏ったライラの帯は銀の糸を使った黒い生地だ。刺繍された細長い生き物は、蛇に似ている気がした。


「ルリアージェは知らないかもしれないわね。龍というのよ、ドラゴン(竜)とは違うの」


 説明されて納得した。蛇に手足はないが龍は手が付いており、何かボールを握っている。この辺の説明はあとで聞いてもいいだろう。いつもは足元まで届くほど長い三つ編みにしている茶色の髪をほどき、侍女たちは手早く髪油をつけて梳かした。


 くるくる巻いて上手に後ろで纏め上げた。髪が多すぎる分を中央で纏めた髪の両側から流してある。オレンジ色の花を模した飾りが付けられ、額の上に金属の簪が挿された。


「普段のライラと違って……お姫様のようだな」


「あら、リアの艶姿には負けるわ」


 互いに褒めて顔を見合わせて笑った。

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