第14話 帝国の遺産(8)

「大して痛くはないだろう? 霊力は使っていないからな」


 彼らを苦しめて実力差を見せ付ける為の――遊びだ。ジルにとって戦闘と呼べるほど魔力を解放する必要がない。使うのは爪の先程の小さな力だった。


 痛みに鈍い魔性を殺すには神族の霊力か圧倒的な魔力差が必要となる。人間が魔性を封じても殺すことは出来なかった。そして簡単に人間は死ぬ。


 脆い人間は同族同士で殺し合い、魔性に弄ばれ、魔物に狩られてきた。常に弱者である人間達の目の前で、強者である魔性が手も足も出ずに害される様は、ジルの興を煽る。


「一息に殺す気はない」


 簡単に殺してやらないと告げるジルが、笑みを深めた。


「やめろ、この死神がっ!!」


 緑を纏う少年が振り絞る声に目を細め、左腕に抱える美女に頬を寄せる。罵る声が心地よいと言わんばかりの態度で、ルリアージェの頬にキスを落とした。まだ目覚めない美女の銀髪を風が優しく揺らす。


 明るい日差しが降り注ぐ午後に似合わぬ、叫びや呻き声が魔性の口をついた。


「死神と知りながらケンカを売ったのは、そっちだろうに」


 くつくつ喉を鳴らして笑うジルの長い黒髪が、重力に逆らって揺らめく。




 黒衣の魔性ジルが降らせた雨は止んでいた。炎を消す役目を終えた雨が消え、午後の陽光に虹が輝く。足元の光景を知らなければ、穏やかな午後の風景だ。


 目覚めないルリアージェから手を離すことなく、ジルは残酷な遊びに興じた。


 水で作り出した針を血に溶かし、穴の開いた彼らの身体を眺めながら小首を傾げ思案する。右手の指で唇に触れ、機嫌よく笑みを浮かべた姿は、無邪気な子供だった。


 悪びれた様子のない彼に、周囲の恐怖心は募る。噴水を盾にした形で回り込んで逃げ出す人間を一瞥いちべつするが、ジルはそのまま見逃した。


 捕まえる気になれば一瞬で、今は目の前の獲物でどう遊ぶかを優先したい。


「穴を開けたのだから、塞ごうか」


 塞ぐのか――ジルは言葉にしない。痛みや恐怖に疎い魔性に、死神と呼ばれた己への畏怖を植えつける手段として。黒い翼を羽ばたかせて広げた。


 かつて同じように振舞ったことを思い出し、1000年経っても変わらないようがおかしくなる。


 違うとすれば、ジルを止められる者が唯一存在している事実――左腕の美女の存在だった。彼女が目を覚ませば止めようとするだろう。だから、終わらせるつもりだった。

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