第14話 帝国の遺産(4)

 冷えた肌を温めるように抱き締める魔性が、ふいに視線を上に向けた。厳しい視線の先、何かが浮いている。


「で? お前らはいつまでそこにいる気だ?」


 ジルが厳しい声を向けた先は足元の人間ではなく、頭上の存在だった。


「降りて来い、叩き落されたいか?」


 それは提案ではなく、命令だ。それも格下に向けた明確な指示だった。従えと傲慢に突きつけたジルへの返答は、鋭い攻撃。


 風の刃が叩きつけられ、大きな氷が突き立てられる。人間では制御できない大きな力が一気に降り注いだ。大地を傷つけ、周囲に集まる人々の上に降り注ぐ。


「きゃぁあっ!」


「逃げろ!」


「陛下、こちらへ」


「殿下方をお守りしろ」


 騎士が叫び侍女が悲鳴を上げる。氷を突き立てられ血を吐く侍女、王子を庇って風に胴体を切り裂かれた騎士、血が芝と煉瓦の上に広がり、噴水の水は赤く染まった。


 倒れた国王を守るように覆いかぶさった王妃は、美しい髪と首を風に落とされる。無残に転がる首を抱きとめた王女が絶叫し、駆け寄ろうとする王子達を騎士が全身で守っていた。


 誰もが無力に惨殺されるだけの――凄惨な舞台。





 阿鼻叫喚の地獄に、ルリアージェが息を呑む。


「あっ……」


 これが黒髪の魔性による攻撃ならば、ルリアージェの声が届くかも知れない。しかし彼に敵対する魔性か魔物の攻撃である以上、止める者はいなかった。


「鬱陶しい」


 一言で切り捨てたジルがルリアージェを抱き寄せ、頭上に手をかざす。日差しを避けるような仕草だが、彼の周囲に薄い膜が現れた。


 硬いガラスを思わせる結界でなく、周囲の爆撃に揺れる風船のような頼りなさだ。なのに、結界は氷も風もすべてを防ぎきった。


「オレは『降りろ』と命じた」


 ふん、不機嫌そうに鼻を鳴らしたジルが左手を頭の上にかざし、一気に振り下ろした。無造作な所作に魔力は込められていない。


 だが……彼らは落とされた。


 抵抗することも出来ず、圧倒的な力に叩き落される。


 揮われたのは霊力による精霊の力だった。使役される精霊は世界を構成する物質であり、同時に意思を持つ霊力の塊でもある。魔物や魔性が操ることは出来ないが、彼らの霊力は魔力を無効化して余りある『魔性殺し』と称するべき力を宿していた。

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