第14話 帝国の遺産(2)
「仕方ない」
先ほどまでの態度が嘘のように、黒衣の裾を翻した魔性が手を振りかざす。
ただそれだけだ。なのに、雨が降った。まるで天候を操る神々のように、周辺を雨の雫が覆っていく。それは王宮の白炎を消し、街の瓦礫にも降り注いだ。
「これでいいか?」
「あと……怖いから、降ろしてくれないか」
小首を傾げて提案するルリアージェに恐怖心は見られない。人間より強大な力を揮う魔性を相手に、構えた様子なく接した。
「……まあいいか」
躊躇う魔性だが、少し考えてから折れる。唯我独尊、誰の言葉にも従わずいられる実力を誇る魔性が、人間の提案に頷く姿に、誰もが絶句した。
地上に降りたルリアージェが、ライオット王子へ駆け寄ろうとするのを、咄嗟に王太子は己の身で遮った。同時にジルの手がルリアージェの手を掴んで妨げる。
「すまないが、今は信頼できない」
王太子として、魔性の前に身を晒す行為は失格だった。わかっていても、己の理解者であり協力者でもある有能な義弟を失いたくない。
きっぱり距離を置く発言をした王太子に、ルリアージェはただ無言で頭を下げた。心配を滲ませていた顔は青ざめ、きゅっと唇を噛むのが見える。
「わかりました」
さきほど魔性と話していた時と違い、立場の差を示す敬語が零れる。傷つけてしまったのだろう、そう感じながらも王太子は何も言葉をかけなかった。
「ライオット王子殿下?」
治癒にあたっていた宮廷魔術師の慌てた呼びかけに振り返れば、貧血からか、気を失った弟が崩れ落ちる。警護の騎士が手を差し伸べたため、そっと横たえられた。
「その男を寄越せ」
魔性はふいに要求を突きつけた。興味のない人間の名前など覚える気のない青年は、無造作にライオットを指差す。
すっと全身から血が引いた。
守ってやりたいが、守れない。守りきる手段はなかった。
あの魔性が大人しくなったのは、ルリアージェと呼ばれる美女の言葉に従ったからだ。しかし、たった今彼女を切り捨てた自分達に、魔性へ対抗する方法は残されていない。
「ダメだ」
ルリアージェが間に立ちふさがる形で両手を広げる。首を横に振る美女の銀髪は、雨で頬に張り付いていた。
「ルリアージェ」
名を呼んで「どけ」と示す魔性が顔を強張らせる。表情が凍る彼の顔は整っていて、まるで人形のようだった。正体を知らなければ、神話の彫像を思わせる美貌だ。
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