08.***覗札***

 さらさらと筆を滑らせ、次々と札を量産していく。その手際の良さに見惚れていた北斗だが、ふと気付いて完成した札を1枚手に取った。


 中央に邪を祓う文字や文様が並ぶのに、右上に奇妙な印がある。左側にも式紙に使う文様がさりげなく紛れ込ませてあった。妖避けに使わない種類の文様だが、北斗は見覚えがある。


「なあ……これ」


「連中が欲しいなら呪符はくれてやるだけだ」


 ぼかして意味深なセリフを吐いた真桜の反応に、周囲の陰陽師も集まってきた。彼らも札を手に取ると書かれた文字や文様を解析し始める。そして気付くのだ。


「ここは監視用の目か」


「こっちは札を式紙と連動させる文様のようだ」


 貴族の館に監視の目を置くのはどうかと思うが、他の陰陽師たちは顔を見合わせて頷きあう。ただ利用されるだけの状況にうんざりしていたのが半分、残りは先日からの貴族のやり方に反発していた分だった。利用されるなら、逆の立場も想定しなくてはなるまい?


「ちょっと書き足してくる」


「こういう形にすればバレにくいのか」


「どうせ、あいつらにはわからないさ」


 本来、陰陽師は複雑な世のことわりに精通する有能な研究職だ。官僚として勤めているが、その本分は世の成り立ちを解明し、理解して利用する術を作り出すことだった。少なくとも、この場にいる陰陽師はそう考えている。


 貴族に頭ごなしに命令されて無駄な札を作るのは、彼らの仕事ではなかった。以前からの習慣をそのまま踏襲していただけに過ぎない。


「徹夜で作るなら、このくらいの役得がなけりゃな」


 真桜は平然とのたまう。疲れで判断力が弱まった陰陽師たちはしっかり毒されていた。隈の浮かんだ顔に笑みを浮かべ、各々の机に戻っていく。手馴れた様子で札に追加の文様や印を足す姿に罪悪感はなかった。


 対価は値切るくせに、効果や性能に文句ばかり言う貴族に辟易していたのだ。爆発した怒りは、そのまま覗き機能に特化した札を大量に作成していった。


「おいおい、大丈夫か?」


 北斗の心配をよそに、新しい札を作る真桜はひらひら手を振って答えた。


「問題ないさ、どうせ読めないんだ」


「……それもそうか」


 指摘されても解読するのは陰陽師、そして今はすべての陰陽師が監視の目に賛同していた。つまり裏切り者が出ない限り問題は起きないし、もし裏切ろうとしても自らも加担していた事実が邪魔をする。


 徹夜明けとは思えない楽しそうな陰陽寮の面々に、札を頼んだ貴族やその従者たちは怯えることになるが……屋敷に札を貼るため受け取るしかなかった。

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