06.***地震***

 呪詛は返されると呪術者をたたる。


 返った呪詛を消滅させる能力があればいいが、たいていは返される事態を想定していない。そのため返された呪詛に取り込まれて殺されるのだ。呪詛の念が強いほど、返された際の威力も大きくなった。


「……ふむ、消えたか」


 呪詛返しを予想して待つ呪術師は、白髪交じりの髪を撫でる。同じ色のひげを長く胸元に垂らした男は、燃えて消えた呪札の灰を払った。


 薄暗い部屋は息が凍るほど冷えている。洞窟の奥は常によどみ、冷えた空気が漂っていた。かび臭い部屋は、洞窟に板床を作っただけの簡素な作りだ。4人が向かい合って座れば終わるほど狭く、中央は護摩を行う祭壇が供えられていた。


「仕方ない、次の手を打つか」


 男の声に、誰もいない部屋が応えるように振動する。生き物に似た揺れに笑った男は、新たな呪札を書き始めた。



   その日、都は突然の地震に襲われた。







 物忌みといって引き篭もってもいられない。陰陽寮の要請を受け、真桜は身支度を整えた。急ぎ出仕する彼の前を遮る愚かな貴族はいない。主上から直接の呼び出しがあったことは明白だった。


 すぐに陰陽寮から今上帝への拝謁が叶う。


「今朝の地震、自然ではないよね」


 軽い口調ながら、山吹の顔色は青ざめている。具合の悪そうな様子は、おそらく妻の瑠璃も同じだと思われた。


 自然現象による地震ならば霊的な変化はない。しかし今回の地震は人為的に引き起こされたものであり、強い霊力を持つ者が影響を受けたと考えられた。天照大神の末裔である皇族が頭痛や吐き気に襲われる状況に、すぐ真桜の召集を選んだ陰陽寮の判断は正しい。


「自然現象じゃないな、何しろアカリも寝込んでる」


 天津神の眷属であるアカリに影響が出たのに、国津神の子である真桜は軽い頭痛で済んでいた。つまり天津神を呪う生き物による、極めて強い呪詛だ。


「それは……尋常じゃない」


 驚きに声を詰まらせる山吹へ、真桜は苦笑いして札を複数枚取り出した。地震の直後に急いで作った札は、複雑な文様と異国の文字が記されている。


「これを身に着けてくれ、少し楽になるから」


「助かるよ、僕より瑠璃の方が酷くて」


 地震が呪詛を撒き散らす意図ならば、弱いものから先に標的となる。影響を受けやすいのは女性や子供、それから病弱な者達だった。成人男性である山吹より、感受性の強い女性である瑠璃が強く影響を受けるのだ。


「呪詛、呪詛……よく飽きないもんだ」


 呆れたと滲ませた声色に、山吹は「帝は人気者だからね」と苦笑いした。

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