22.***護手***

 物憂げに溜め息を吐き、彼女は決断した。


「しょうがないわ。彼を迎えにいかなくてはね」


 地上の騒ぎも気になると亜麻色の髪を掻き上げ、太陽の名を持つ女神は己の眷属を呼び戻すよう告げる。しかし言葉ほど困っていないのか、微笑みすら浮かべていた。




 黒い雨に穢れる地上で、真桜は濡れた髪をばさりと掻き上げる。


 べっとりと張り付く髪に辟易しながら、項でひとつに括った。面倒くさそうに指先で頭上に弧を描けば、呪が働いて雨を退ける。人でない黒葉や華守流、華炎は濡れる心配は必要なかった。


 アカリはちらりと曇り空を見上げて舌打ちし、真桜の作り出した呪の傘にもぐりこむ。


「アカリ? 濡れちゃうぞ?」


 着ているものが濡れている為、触れ合ったアカリの衣も水に濡れる。しかし首を横に振ったアカリは言葉を発しようとしない。


 不思議に思ったが、何か理由があるのだろうと好きなようにさせた。


『真桜っ!』


 華守流の声と同時に、ぞくりと背筋を寒気が走った。それは身の危険を知らせる合図だったと、転がって避けてから気づく。


 身を翻した程度では、攻撃を避け切れなかっただろう。


 さきほどまで立っていた辺りが焦げて黒く炭になっていた。


 真桜を庇うように立ち塞がる華守流と華炎が防御壁を作り出す。


 不可視の霊力が満ちて密度が高くなる。黄泉との境目に、狂い咲いた桜の花びらが舞い散った。


 ……高温…炎か熱を操るのか?


 闇に属する自分とは逆の力にやりにくさを感じながら、真桜は身を起こした。その背後でアカリが顔色を失っていく。


 青ざめた唇が震え、迷いながら言霊を吐いた。


「……この者は無関係だ。俺に用があるなら姿を現せ」


「アカリ、勝手が過ぎるぞ」


 気丈な口調ときつい眼差しの女性が降り立つ。紺色の髪が顔にかかる彼女の隣に、金髪の男性が同じように顕現した。どうやら2人で一緒に行動しているらしい。


「俺の意思だ。放っておいて貰おう」


「女神の意思が優先される。知っているだろう」


「神将…すぐに連れて戻るぞ。地上の穢れが酷い」


 金髪の男の名を呼ぶ彼女へ「だが…」とたしなめる声色を向け、青年は困ったような表情で首を傾げた。


「地上に降りるだけならいい。だが……闇の者に惹かれるのは……」


「魅せられる、か?」


 アカリが神将の危険だと告げる警告を別の言葉に置き換えて遮る。


「判っているなら戻れ」


 女神将の激しい叱責口調に、アカリはゆっくり手を上げた。


 顔の前で手のひらを彼らに翳した仕草に、2人の顔色が変わる。何を意味するのかわからぬ真桜が小首を傾げ、不用意に間に入り込んだ。


「あのさ…揉めてる原因ってオレ?」


『真桜さま! 危険です!!』


 突き飛ばした黒葉ごと倒れこみ、再び泥に横たわる羽目になる。思いっきり後頭部を打ち付けた真桜が目を開いたとき、アカリが言霊を刻み始めていた。



「我は地上にありて、この者と約定を交わしたる護り主――なれば天照の眷属ではなく、護り手なる……」


 言霊は命を得て光を放つ。



 忌々しそうに唇を噛んだ女神将と対照的に、神将は面白がっている顔で頬を緩めた。


 護り手という言葉の意味は、真桜も知っている。その者を守護し、心身問わず傷つけるモノを排除する存在――真桜はすでに黒葉を得ている為、意味を悟って顔色を変えた。


「ダメだっ!」


「もう遅い……」


 にやりと口元に弧を描いたアカリに対し、目を見開いた女神将と苦笑を浮かべた神将が一歩距離を置いた。アカリの声音に宿った本気を感じ取ったのだろう。


「ならば好きにするがいい……あの御方が引き下がるとは思わないが」


 くつくつ喉を鳴らして笑った神将に促され、女神将は悔しそうに踵を返す。姿を消した神族2人の気配が完全に消えて、ようやく華守流と華炎は肩の力を抜いた。


 真桜を助け起こす黒葉の顔に複雑そうな色が浮かぶ。


 全員の視線を受け止め、黒髪の神族は小首を傾げて笑った。

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