20.***吐呪***

 疎ましい、妬ましい……


 暗い感情が暗い部屋に満ちる。重い空気を纏った女性が、ぎりっと唇を噛み締めた。長く美しい髪が背を滑り、彼女の姿を覆い隠す。


「滅びてしまえばいい……彼に愛されるすべて」


 呟いた呪詛が言霊となり、本人さえ気づかぬ場所で龍神を縛り上げる鎖となる。





 シンと落ちた沈黙の中、爆弾発言の本人が小首を傾げる。きょとんとした顔は、己の発言の重大性が理解できていないのだろう。


「えっと……アカリ?」


 意を決して尋ねる真桜が口をひらく。


「どうした?」


「いや……あの、本当に知ってる?」


 こくんと頷いたアカリの動きを、全員が視線で追って頷く。


 華守流と華炎は顔を見合わせ、真桜はアカリの肩を掴んだまま……天若に到ってはくつくつと笑い始めていた。


「教えてくれる、と有り難いんだけど」


 遠慮がちに笑顔を作った真桜へ、アカリは無邪気に微笑んで説明を始めた。


 どうやら真桜に頼りにされたのが嬉しいらしい。神族として傅かれてきた存在としては、あまりに小さな喜びである。


「山吹と言ったか、あの帝とやらがいる宮の奥に住まう『太陽の髪色の娘』が呪詛を吐いた。言霊は無意識であれ、力があれば天をも揺るがす。事実、かの娘が呪った存在に災いが降りかかっているぞ」


 曖昧な濁し方をしているが、要は帝の親族である娘が真桜を呪っている――という意味だ。眉を顰めた真桜が舌打ちして拳を握った。


「……青葛かずらか?」


 高天原の神々の末裔と伝えられる皇族の中でも霊力の高い者は、外見に特徴がある。


 先祖返りなのか、髪色や肌、瞳に日本人らしからぬ色を纏うことが多かった。山吹の金髪と水色の瞳しかり、青葛の白い肌と金髪……黒に近いながらも鮮やかな菫色をした瞳がそうだ。


 その為、帝は人前に姿を晒さないという暗黙の了解が出来た。


 現在、今上帝の親族で金色の髪を持つのは彼女ひとり。


『……確かに恨まれているかもしれないな』


 華炎の呟きに、華守流が苦笑いを深めて頷いた。


『気の強そうな女だった』


『今上帝が放置するからでしょう? 好きな子ほど苛めるなんて……幼すぎます』


 黒葉まで一緒になって溜め息を吐く。


 彼らの呟きで天若やアカリにも大まかな状況が掴めた。


 青葛は山吹が好きで、逆もまたしかり。しかし山吹は天邪鬼な彼女に意地悪をして構わないので、嫉妬した彼女が『誉れ高い、帝のお気に入り(の陰陽師)』へ怨念を向けた。


 なまじ血筋が良く能力が高かった為に、呪が強大に育ったらしい。


「原因がわかれば簡単だ、すぐにその娘を排除すればいい」


「簡単に言ってくれるけど……」


 そう容易に誤解が解けるなら、ここまで呪われてないと思うぜ。呟いた真桜に『引っかかる場所が間違っていますよ、真桜さま』と笑顔で黒葉が突っ込む。


 排除という物騒な言い回しをスルーした真桜は小首を傾げ、やがて諦めた様子で肩を竦めた。


「なんとかなるでしょ……」

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