26*アイドル女神イヅメ

 さて、帰宅は和歌山市駅から和歌山駅まで紀勢本線で5分、新大阪駅まで紀勢本線、阪和線、東海道本線経由の特急くろしおで60分、東京駅まで東海道新幹線で150分、南与野駅まで京浜東北線、埼京線で50分。合計265分。乗換を含め、約5時間。南与野駅着は夜の0時30分。


「キューピーちゃん、帰ったらフロに入ろうね」

 ふよふよと浮かぶキューピーちゃんをポンポンとする。キューピーちゃんはフロ好きなんだって。知らなかった。……溶けないだろうか。

「ひ、姫、スクナヒコ殿は神霊といえど男神。許しません」

 トミビコさんがグイグイと攻めてくる。束縛系武神か。なんかいいね。

 にやつきながら振り向くと……。

「び、びっくりした」オオクニヌシさんが睨んでる。

「楽しそうですね」

 カチンとくる。

 辛かったり、痛かったり、悲しかったりの4泊5日。

 私もがんばったよ。戦ってないけど、帰ったらトミビコさんに剣術を教えてもらうよ。

 でもね、4コママンガの主役が神話テイスト中二病要素たっぷりセカイ系転生モノに挑むんだよ。最後の晩餐(賞味期限間近の肉じゃが)を食べながら覚悟を決めるんだよ。

 なのに。

「オオクニヌシさん、言いたいことがあるなら、はっきりと言って。回りくどいから、わからない。オオクニヌシさんの悪いところだから。ナムヂさんをみならったら」

 なんか憑かれたように喋る。

 ツクヨミの憑代だから、私を守ってくれた。

 ツクヨミに醒めてほしいから、私に気づかってくれた。

 祖父や親戚のみんなも、オオクニヌシさんも。

 苛だつ。

「だから娘のタカヒメも、あんな……」

 振り向くとタカヒメが睨んでる。なんで言った、私。

「あんな、か。ワカヒコのあんなは、ツクヨミのあんなのようだ」

「あ、いや、その……」

 タカヒメが背に佩びたノヅチの剣を握る。ワカフツヌシさんが、実戦に向かないふざけた剣と教えてくれた。一撃必殺の剣。故に抜いたときは一撃で斬り殺す。タカヒメは操れるようになったが、古の戦の後は封じたらしい。なんで封じたか、ワカフツヌシさんは教えてくれなかった。そんな剣を私で抜くか。

 アナウンスが流れる。新大阪駅に着く。タカヒメは邪行剣を握ったまま、動かない。

「助かった」

「姫、なにか忘れてませんか、ワタシ達」

 隣に座るトミビコさんが腕を組む。新大阪。そういえば、なにか忘れてるような。

 そうだ。

 まずはニウヒメさんの誤解を解く、前にニウヒメさんを捜す、前に……。

 タカヒメは上を見てる。ワカフツヌシさんも見あげる。

「……ッ」

 車体を抜け、剣が落ちてくる。タカヒメと同じ。

 ワカフツヌシさんが剣を抜き、トミビコさんが私を庇う。隠世に隠れてるので現世に影響はないけど、車内でバトルを始めるのか。いったいだれが……。

「スサノヲ様」

 ワカフツヌシさんが独り言ちると、スサノヲさんが落ちてくる。

「あ、危ないじゃないか」

 怒る私を一瞥。スサノヲさんはワカフツヌシさんの胸ぐらを攫む。

「スサノヲ様、もしや……」ワカフツヌシさんがひきつる。

「フツ。オマエが高天原でオモヒカネに虐められてたとき、助けてやったよな」

「いえ、助けられた記憶はありません」

「泣いてたとき、オモヒカネやタヂカラヲの悪口を聞いてやったよな」

「いえ、泣いた記憶も、悪口を言った記憶もありません。……たしかスサノオ様が悪口を言うのを聞かされた記憶はあります」しばし固まるスサノヲさん。

「オマエは高天原で最強の剣神だ。剣術はオレより長けてる。なによりもりっぱな武神だ。その武神が、なんでオレを助けず、こんな処で、のほほんとしてるんだ」

 タカヒメがワカフツヌシさんの胸ぐらを攫んだ手を外す。

「スサノヲの伯神の心は大きく、力は強く、常にワタシの師。だれにも頼られ、いつでも頼れる。まさかワカフツに助けてほしいと思ってませんでした」固まるスサノヲさん。

 タカヒメのすごいところは、カチンとくるけど、ほんとに思ってることを、はっきりと言う。親神の背を見ながら子神は育つ。

「大殿、それでニギハヤヒは?」

「ここだァァァァ」

 まだ戦ってたのォォォォ。

 落ちてきた剣はニギハヤヒの剣。ニギハヤヒが剣を攫み、振りまわす。

「カラス衆よォォ国ツ神どもをォォ殺せェェェェ」

 車内に黒い影が広がる。車内の人々が騒めく。現世に影響を及ぼしてる。まずい。

 ホームが見えてくる。

「み、みんな、ホームに、外に出てッ」私が叫ぶ。

「ダメだ、兄神、出るな、外は……」スサノヲさんも叫ぶ。

 スサノヲさんの制止理由を知ったときは遅かった。

 みんなが降りたホームは、新大阪駅の構内はヒダルに冒されてた。

 隠世のように暗く、黒い影が蠢く。あちらこちらで現世に居る人々が倒れてる。現世に影響を及ぼす暗黒の霊威。

 この感じ。夢で見た。

「や、山神……」トミビコさんが独り言ちる。

「違う。山神は戦を嫌い、屍を忌む。ここに結界を張り、餓鬼穴を寄せ、赤の神にヒダル衆の霊威を授けた天ツ神がいる」

 タカヒメが背のノヅチの剣を握る。タカヒメが見つめる、ホームの先端の更に暗闇。足音。

 禍々しい暗闇を纏い、来る。ワカフツヌシさんが私達に退がるように言う。


「ぶらり途中下車の旅。いいわね、うん」


「……女神か」

 フリフリのステージ衣装を着たアイドルっぽい女神。横に親衛隊隊長のような、世紀末覇王のような男神。タカヒメとワカフツヌシさんの、もっといっちゃった感じ。


***

 新大阪駅のホームが隠世のように暗い。暗いホームのあちらこちらに黒い影が蠢く。

 より暗いホームの先端に祭壇があり、祭壇上に浮かぶ、なにかわからない物が光を吸いこんでる。祭壇前に女神。横に男神が立つ。女神が首飾りを振りながら祓詞を紡ぐと、ホームで蠢いてた黒い影が、突然と熱を帯びた水分子のように暗闇を動き回る。

 女神が、なにかわからない物に唾を吐くと、黒い影が現世のホームに居る人々を縫い、鎌鼬のように斬りつける。創傷が黒ずみ、瘴気に人々は踠き、苦しみ、倒れる。隣の人が倒れようと気づかない。外の人に知らせようと思わない。人々の脳髄は危険を感じない。隣のホームを、構内を黒い影は動き回る。暗闇が広がる。

 やがて新大阪駅は静寂に包まれる。黄泉のように。


 女神が祓詞を止め、顔を上げる。隣の男神も見やる。

『ややや、イヅメ様。久しぶりです。古の戦からどのくらい経ちましたか』

『うれぴー、ミツミツ、フルフル。来てくれたのね』

『よよよ、イヅメ様のいる処にアマノクメ組シオタマ兄弟神もあり。大海神社より参りました。よよよ、イワドノヲ様も。元気でなによりです』

 双子の兄弟神が大げさな手ぶり身ぶりで近づく。背に超太剣と超長剣を佩く。両手で扱う剣。

『よよよ、あいかわらず、イヅメ様は美しいです。なあ、シオミツ』

『ややや、シオフル。あいかわらずでなく、いつもに増して、であろう』

『よよよ、そうでした。いつもに増して美しいで……』

 イヅメが祭壇を叩き割り、言葉を制する。なにかわからない物は空に消える。

『いやだ。嬉しいこと言ってくれちゃう。でも、イワイワ、教えてあげないと』

『まずは主神イヅメ様に傅け』

 イワドノヲの威圧のある命に、シオタマ兄弟神は慄き、慌て傅く。慌てたためか、剣が地にあたり、よろける。声が上ずる。

『よ、よよよ、イヅメ様。こ、このたびのアマノクメ組シオタマ兄弟神を成すべきこととは……』

『あらあ、そんな怯えないでね。イヅメが苛めてるみたい。ま、時間がないからチャチャと言うわね。まもなくここにツクヨミが来るの。殺して』

 ツクヨミの神名に、傅いてたシオタマ兄弟神は顔を上げ、見あわす。

『ややや、聞いたか、シオフル。カワチで戦ったツクヨミが来ると』

『よよよ、古の戦で血を味わった、わしの長剣潮盈珠が、また味わいたいと言ってる』

『ややや、わしの太剣潮乾珠も久々の戦で、たっぷりと味わせたい』

『よよよ、弟神は兄神を立てるべきだ』

『ややや、後に産まれたくせに兄神を名のるな。現代は先に産まれたほうが兄神だ』

『よよよ、わしらが産まれたのは、神代。時代に合わせ、考える……』

『うっとおしいッ」イワドノヲが剣を振る。血飛沫。

『ふん』

 イワドノヲの足元に体が上下に分かれたシオタマ兄弟神の骸。蹴る。

『クサカの戦で役にたたず、足を引っぱった河童兄弟が。シオツチオジの言うとおり、助けず、葬っておけばよかった。神に遠く及ばぬ神人ごときが』

『もうもう、イワイワったら。せっかく、イヅメのために死んでくれると言ったから呼んだのに。プンプンだよ。イヅメは贄で強くなるタイプなんだから。イヅメのために死んでくれないと贄にならないんだから』

 イワドノヲが頭を下げる。

『イヅメ様、遊んでるときでないです。タカミムスヒ様と違い、オモヒカネ様は厳しい。勅命を、しかと受けとめられよ』

『わかってるもん。イヅメはオモヒカネ様の女なんだから』唇を尖らせる。

『ならば兄弟神が、ふざけた剣を振りまわしたせいで退軍という屈辱を忘れましたか」

『だっておもしろそうだったんだもん』

『戦におもしろい、つまらないはありせん』

『なんだーてめー、オモヒカネ様の女に、言うの?』

『く、口が過ぎました』

『怯まない怯まない、ひと休みひと休み』

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