24*めざめたツクヨミ

 私達はタカヒメとワカフツヌシさんと待ち合わるため、紀三井寺駅に戻る。

「ねえ、海を見ながら戻ろう」

 熊野街道を越え、海岸沿を歩く。ワカヒコくんがはしゃぎ、クエビコさんを振りまわす。頭が取れそうだ。和歌浦を見ながら名草大橋を渡る。紀ノ川の対岸に玉津島神社がある。玉津島は名勝地のため、神名が奉じられたといわれる。私も好きだ。

「玉津島姫は美人だったんだって。ニウヒメさんも美人だっ……」もやっとする。

「いかがされましたか、姫」

「大丈夫、ツーちゃん」ワカヒコくんが走ってくる。

 ちゃんと眠ったのに。朦朧とした頭を振る。ワカヒコくんが私にピタリとくっつく。トミビコさんとワカヒコくんが見てる。ごまかす。

「……クエビコさん、天と海が交じった南の彼方に、浄土信仰の浄土があるのよね」

「ふ、補陀落渡海の伝承か。クマノは、神人の都合で古の神、天ツ神、国ツ神、そ、そして蕃神が混ざって祀られてる。か、観音信仰の補陀落浄土は南だが、浄土信仰の浄土は西だ。ひ、日の沈む、日神の眠る海の彼方に、阿弥陀仏が居る。つ、つまりイヅモの海の彼方だ。日御碕に日御碕神社がある。浄土は海の西方と、つ、青潮の先方の両方にある。海流で流されてくるのは、客神(マラウドノカミ)であったり、ま、客人(マラヒト)であったり、珍しい物であったり。い、古の戦でイナサの浜に、あ、天ツ軍が流されてきた。笑える」

 なるほど。本州の南端の黒潮の流れる岬に潮御崎神社、西端の青潮の流れる岬に日御碕神社がある。あ、熊野(イヤ)神社の御坊市も日ノ御崎、御崎神社がある。岬(御崎)に祀る神もミサキ神という。夜間時、悪天時の航海安全を守る。更に外洋、外国の国防。つまりミサキ神は主神を守る神といわれる。

「ひ、日御碕の先にオキの島がある。カラス衆の修練の島だ。イ、イカが獲れる。イカは漢字で烏賊と書く。笑える」

 隠伎国、今の隠岐島の焼火神社が修練の中心地か。

「そして浄土に行くには、よ、夜見の国を通らなければならない。さ、さっきの爾佐神社がある処だ。よ、夜見の国を守る神が、ツクヨミだ。そ、そういえば、日御碕神社の末社に月読神社がある。やはり社を、隠してる」

「そうなの?」

 日御碕神社の社伝で、神宮は昼を守り、日御碕神社は夜を守ると伝える。意味深。

「じょ、浄土は東の海の彼方もある。薬師仏が居る。き、北は、寒いから浄土はない。笑える」

「クエビコさんはなんでも知ってるね」

「ああ、ず、ずっと暇だったからな。オオクニに図書館で借りた本を、よ、読んでもらった。あと、女子の会話。ご、御朱印ガール。御朱印がかっこいいの、かっこわるいのと、よく喋る」

 クエビコさんもよく喋る。昔から、よく……。なにか思いだした。……なにを思いだしたんだろう。朦朧とする。

 トミビコさんが見てる。顔色が悪いのか。ごまかす。

「……ね、ねえ、トミビコさん。東京(の隣の埼玉)に帰ったら剣術を教えてよ。東の軍一の武将なんでしょう」

「姫。いま、なんと言われましたか」

「え、なに、ヘンなこと言った?女子が剣術を学ぶのヘン?だってツクヨミも戦ってたんでしょう。私も戦いたい。タカヒメも言ってた。戦うなら剣術も学ばないと」

 足を引っぱるのは嫌だ。守ってもらい、斬られるトミビコさんを見るのは嫌だ。

「ち、違います。ああ、その後に言いました、東の……」

「……軍一の武将」

「その渾名は、姫がワタシに付けられた渾名でございます」

 だれに聞いたわけじゃない。トミビコさんが東の軍一の武将と知ってたわけじゃない。

 トミビコさんが私の手を握る。

「記憶が戻ったのですね、姫」

 戻ってない。ただ、なんか思いだしたような……。

「こ、この腕輪は、この勾玉の腕輪はどうされたのでございますか」

 あれ、トミビコさん、初めて見たっけ。ああ、キューピーちゃんに付けてたし、キューピーちゃんは私が持ってたし。

「えーと、イザナミ様が私の心と命の憑代だから離さないように。実は母さんにもらった御守。つけるまで、忘れてた。なんでだろう」

 ブレスレットをぎゅっと握りしめる。

「あと、みんなが無事でありますように。そんな願掛けかな。こんないいかげんな私だから願掛けくらいしか役にた……」

「ひ、姫、姫」

 トミビコさんが泣く。私の足にすがり、大きな声で私を呼ぶ。

「姫は、姫でございます。私が仕えた姫でございます」

 オオクニヌシさんも、クエビコさんも、ワカヒコくんも私を見つめる。

「ワタシはヤマト国を守れませんでした。姫を守れませんでした。しかし姫は生きてました。なのにワタシも生きてました。イコマの山神がワタシの立てた願を叶えてくれました」

 姫が現世に現れた。じぶんも隠世で醒めた。現世に現れたかった。世界の道理で許されなかった。ずっと隠世で姫を見てた。そして世界の変化で、現世に現れた。

 トミビコさんは涙を拭いながら話す。強く思えば叶います。言葉にすれば叶います。


 紀三井寺駅から和歌山市駅までの車中で、私は記憶を辿る。

 みんなは私の記憶が戻ったと喜んでるけど、無意識にツクヨミの言動、行動がでてるだけ。

 オオクニヌシさんは、他の神様が出てるときは覚えてないと言った。しかし他の神様はオオクニヌシさんのときを覚えてる。解離性同一性障害。私の記憶が戻ったというより、私の中のツクヨミが醒めたという……。

 きっかけは和歌浦。私は和歌浦になんの感傷もない。行ったけど、海で泳いだり、食べたりくらいの記憶。ツクヨミはなにかあるのか。周辺の神社を調べる。

「玉津島神社の摂社に塩竈神社がある」

 シオツチオジと罪過を祓い清める祓戸大神を祀る。シオツチオジは、ニギハヤヒの治める大和国は良い国だから譲ってもらうように天ツ軍にアドバイス。なんて神様だ。もしかしてシオツチオジは古の戦の元凶、ラスボス?祓戸大神はマガツヒさんのような神話の神様でなく、神道、神社神事の神様。

 1917年、玉津島神社の祓所から神社へとなった。丹生都比売神社の神輿が紀ノ川を下り、祓所の輿ノ窟に渡り、祓われ、翌日に紀ノ川を遡り、日前神宮国懸神宮へ渡るという浜降神事。昔からの神事だけど、今は観光のために丹生都比売神社の境内だけで行われてる。ニウヒメさんの入輿だ。じぶんのことを調べてたら、ニウヒメさんのことがわかった。

「ニウヒメさんは、ナグサヒコの後裔の私を許せないよね」

「……な、なるほど。そういうことか。オレは、ど、どうでも良いことだが、ツクヨミはどうでも良くないことか。記憶が戻り、と、とまどってたと考えてた」

「どういうこと?」

「ツクヨミと、ナ、ナグサヒコの血縁関係はない」

 更にナグサヒコの一族は継嗣断絶で平安時代と江戸時代に2度も女系で継いでるという。

 そして。

「ツ、ツクヨミは4代目、オレは3代目。ツクヨミが代わるたびに、う、生まれ変わった」

「え?」


「どうしたの、ツーちゃん」ワカヒコくんが見つめる。

 ま、いっかー。ひとつの疑問はわかった。ワカヒコくんの髪を掻き乱す。

「や、やめて、ツーちゃん」

「女心のわからない、コドモめ」

 ワカヒコくんが振りまわしたクエビコさんの、口の処のへの字に唇があたる。これもキス?

「ひ、ひ、ひ…」

 トミビコさんがひきつる。クエビコさんの表情はわからない。

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